#172 : 俺頼み。
休みを返上してする仕事ほど楽しいものは無い。
そう思い込み電車に乗る。そうでもしなきゃやってられっかってんだ。
俺がひっ被る分にはまだ良いが、部下達にまで影響するのは勘弁して欲しい。社内で評価もされないし、人事の採点にもならない。
自分のケツは自分で拭くのが当たり前な世界は一見、残酷だが極めて平等であり、会社のあり方としてまともなことだ。
しかし、実際に動くのは人間で感情がある。面白くないモンは面白くないのだ。だから俺が出張ってケツを拭く。無理矢理”楽しい”と思い込みながら。
『ヴヴッ……』
私物携帯が鳴るということは麻生が起きたのか?
『おはようズっちゃん♡昨日はごちそう様でした♪これから息子と買い物に行くがよ!ズっちゃんは何しとるんじゃ?』
女の子ってこういう”一見ムダな会話”をするよな。実際はとても重要で、適当に返信するとあからさまに機嫌が悪くなる。
俺はこの手のハナシを普段からもしない。俺の休みの話を聞いて楽しいヤツがいると思うか?
『おはよう。こちらこそ付き合ってくれてありがとう。買い物、気をつけて行ってらっしゃい。俺はご指摘が入って対応中だよ』
あまり重たくならないように、かつ相手への返信も入れる。この微妙なラインが一番苦手な分野だ。だからメッセではなく直接話したくなる。
『おいよー!休みなのにお仕事とは大変じゃのう!どこにおるん?』
……心配されつつ、俺の居場所を確認してくる。もうサスガとしか言いようがないな。明確な場所の明記を避け、四ツ谷と待ち合わせの駅名を送る。
『おお!オラんくの近所ながや!ばったり逢えたら良いのう♡』
確かにこの駅は都内の真ん中を走る電車の駅だが、アッチ方面で近いって家が特定できちゃうぞ?もう少し警戒心とかうんたらかんたら。老婆心で返信する。
『ズっちゃんやから大丈夫やのや!アブナイ人にゃあ送らんが!』
俺は安牌認定されているのか?昨日の態度からしてそうなのだろうけど、俺だって一応は男だ。ウサギに見せかけてオオカミになっちまう時だってあるのに無邪気なこと。
『お休みやのにお仕事頑張ってな!終わったら連絡してな?待っちょるからの♪』
強制的に連絡をするハメになっちまった。今日はたまたま起きていられたし外出してるから良いけど、こんなのが毎日続くと思うとゲンナリしてくる。いや、今は仕事に集中するんだ。給料発生しないけど。
『まもなく……』
気づいたら待ち合わせ駅に着いていた。深い意味がないメッセも大切なんだな。おかげで時間が経つのも早く感じるし、重い道のりが軽くなれたよ。
ホームに設置された看板の矢印に支持されるがまま改札へと向かう。出たところに四ツ谷が青い顔をして立っていた。
「お疲れ様です!お休みのところ…」
「OK、OK!話は終わってからにしよう!コレ、頼むよ!」
出来たてホヤホヤのBDをエフェクターケースから取り出す。バッグ持って無いから仕方ないだろ!?
「課長、ギター弾かれるんですか?」
「あ、ああ。他人様に聞かせられるだけの腕は無いがね」
謙遜ではなく事実。俺はなんでも”下手の横好き”止まりで終わってしまう。極めるまで辛抱が効かないらしい。良い意味で言ったら好奇心旺盛、逆は飽き性ってことだ。
「こ、今度、音楽のお話ができたらと……!ありがとうございました!店舗に行ってまいります!」
「気をつけて!終わったらメッセで良いから報告お願い!」
かしこまりました、と目線を送って小走りに雑踏へと消えていく。正面から見たらさぞかし上下に……やめなさい。
さて、時間には間に合ったものの、超絶ヒマを持て余してしまったな。そだ、こないだましろをシカトしちゃったからスグル呼んで顔を見に行くか。
『カズから連絡よこすなんてめずらしいじゃんかYo!』
「仕事でちょっとあってな。昨日からほぼ寝て無いんだけどヒマ過ぎてよ。ましろんとこ行かないか?」
『カズしゃんゴチでーす!』
「ボーナスまで金欠なんだよ!ビールは勘弁してくれ!」
そう言って瑠海のスカーフの事をまた思い出す。スグルじゃなくて瑠海に連絡して持って行けば良かったのに!
金欠の理由はキャビネに入れっぱなしだ。私物しか入って無いから鍵はかけていない。ま、誰も盗らないしカメラもバッチリだから安心して置いておけるけど。
『自分からお誘いしといてソレは無いんじゃん?』
「オメーが一度でも奢ったことあんのかよ!?」
『ソレは、ソレ!ちゃお♪』
っと、ましろに連絡するのが先だよな。いっつもコレで怒られる。起きてるかわからないからメッセを送る。
『おはよー!香織とスタジオに居るから、十七時に出勤するよ~』
今は十四時を過ぎたくらい。ここからだと約一時間で家の方に着くが、それでも二時間はヒマだ。早めに行くとスグルにメシをたかられる。待ち合わせは十七時で決定だな。今度はスグルにメッセを送る。
『ましろが十七時からだから、店で集合で。』
『おけまる水産高校!』
おっさんが無理して若者言葉を使うなよ。見てて痛々しいじゃあねえか。
とは言え二時間はヒマしている。四ツ谷が行った店舗は俺の管轄外だからこの辺の地理は良く知らない。暇つぶしがてらお散歩しますか。
『ヴヴッ……』
そうはさせまいと業務端末が鳴る。四ツ谷かな?
『お疲れ様です。無事に入れ替えが完いたしました。お力添えを頂き、誠にありがとうございました』
お、無事終わったか。礼を言うのは委託先の事務局だっての。経緯報告書どころか菓子折りでも持ってきやがれってんだ。
『キュルルルッ』
バイクのセルモーターの音かと思ったら、俺の腹の虫からのクレームだった。菓子折りを想像したからか腹が減ってきた。そういやメシ喰って無いな。この辺で食べれるところはあるかしら……?
「小畠課長!」
後ろから聞きなれた声がする。声の主はBDを無事に交換した四ツ谷だ。
「お疲れ様。突然のことだったけど対応してくれてありがとう」
「そんな!お礼をするのは私の方です!」
「それは委託先の事務局から受け取るから大丈夫だよ」
『キュルル』
カッコつけて言い放ったのに、腹の虫は大分ご立腹らしい。
「お食事はまだなのですか?」
笑いそうなのを堪えている雰囲気で聞いてくる。は、恥ずかしいっ!
「実は朝まで飲んでて、仮眠取ってスタジオ行ったからなんも食べてなくてさ。この後に友達と待ち合わせがあるから、ここいらでメシ喰ってから行こうかと思ってね」
「それでしたら私もまだなので、ご一緒いたしませんか?」
「大丈夫なの?」
「店舗には別所さんが居りますので!」
そっか。販売応援のOJTって言ってたもんな。ここからなら二十分程度で戻れる。なんかあったら店舗に戻らせるか。
「この駅に来るの初めてで、周りのこと良く知らないんだよね」
「私もお昼はお弁当なので、昼食が食べれるような場所は存じませんが……」
「あれ?今日はお弁当?」
「きゅ、休憩室の冷蔵庫をお借りしてるので大丈夫です!お弁当は夕食にいたしますので!」
お、勿体ないことはしないんだな。食べ物を粗末にするとオバケがでるからな。弟が小さい頃によく言って聞かせたっけ。全然怖がらなかったけど、ちゃんと良い子に育ってくれたぞ。俺って育児の才能があるのかも?
「それじゃあ行こうか?あんまり離れるとアレだから、駅ビルでも良い?」
「はい!ありがとうございます!」
久しぶりに曇りのないガーベラの笑顔が花咲く。気候に相まって眩しい。目を細めるほどの眩しさは若さなのか、彼女の魅了なのか。
『キュル!』
”花より団子”と腹の虫が急かす。はいはい。もうちょっとですからね。




