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#172 : 困ったときの

『プルルルル……』

 急いでるのに社内の受付電話に誰も出ない!最近の若いコは電話苦手ってのもあるしな。生まれた頃には携帯が当たり前だったんだ、仕方ないか。


『ご、ご来社ありがとうございます』

「お疲れ様です!営業一課の小畠です!」

『お、小畠でしょうか?本日はお休みを頂いておりまして』

「違う違う!俺が小畠!急用で開けて欲しいんだけど!」

 電話応対が出来ないコだったらしい。因みに休みは自分都合で取るので”休みをとっております”で十分だ。


『ピッ!』

「お、小畠課課長……?どうされたんですか?」

 アウトソーシング部の当番のコだ。義理チョコをありがとう。

「店舗から特大級のご指摘いただいちゃってね、ともかく急ぐんで!ありがとう!」

 今日の俺の格好はスキニージーンズにドライビングシューズ、ロンTにトレンチコート、おまけにギターとエフェクターケースを持っている。どう見ても上場企業に出社する格好ではない。


 一課・二課共有の BDレコーダーもあるのだが、鍵付きキャビネットに入っているため開けられない。

 確か総務がたまにしか使わない部署用に貸し出しているはず。が、総務の承認と返却時のどちらにも社内の日付付き丸印が必要だ。こんなことを想定していないから俺のデスクを開けるキーすら持ち合わせていない。下手したら始末書モンだけど事後報告といこう。


 急ぎながら頭の中で段取りを組む。プロモのデータは社内のサーバー上にあるが、ローカル、俺のパソコンに落とすまで時間がかかる。先にパソコンを立ち上げ格納場所へとクリックを重ねる。

 データ格納フォルダがぐちゃぐちゃだし、名前に統一性が無いので中々見つからない。これだから5Sを徹底しろとあれほど!


 やっとこさデータを見つけ、自分のパソコンへと落とす。さあ、レコーダーを用意しなければ。総務様、お邪魔致します。


「小畠課長!?どうされたんですか?」

 森の退職した朝に、田口に詰められていたのを背中で聞いていたコだ。

「ごめん!店舗からご指摘で、緊急でBD焼かなくちゃいけないんだけど、出先だったから営業部のカギ持ってなくて。BDレコーダー借りたいんだけど!」

「か、構いませんが」

「ありがとう!何せ急だったからハンコは月曜で良いかな?」

「小畠課長なら顔パスでも大丈夫ですよ」

 はにかみながら嬉しいことを言ってくれる。

「助かった!このお礼は必ず!」

 風を切って自分のデスクへと戻る。


 案の定、まだ時間がかかる。その間にセッティングだ。この機器を使うのは初めてだから、ドライバーのインストールから始めないと。こういう事態は予測できないからこそ冷静に、的確に処理を進めなければ。

 社内に人が少ないのにパソコンが遅い!サーバーは利用者が多くなればなるほど重くなる。早くしてくれ!落とした後も課題が残ってるんだから。広報や営業企画のパソコンはCPUもGPUもべらぼうに良いのを使っているが、俺たち営業職は一般家庭用に毛が生えた程度。それでもワガママを言ってCPUとメモリを上げてもらったが、重すぎてイライラしてくる。


 クール。クールに行こうぜ。

 昨日モダンジャズの帝王の曲を聞いたというのに、今日はクールジャズだ。白人よりの傾向が強いと言われているが、作ったのはその帝王様だ。肌の色や生まれたところで区別をつける世界なんかさっさと無くなっちまえば良いのに。


 やっとこさドライバーのインストールが終わる。データもそろそろ……、よし!(カラ)のBDをセットしてポチっとな。後は焼けるまで待って、中身チェックしたらOKだ。今のうちに四ツ谷に連絡して落ちあう場所を決めておこう。


『お疲れ様です。四ツ谷です』

 心なしか元気が無い。大丈夫だって!何とかするから!

「お疲れ様!今BD焼いてるから、チェックしたら持っていくよ!」

『あ、ありがとうございます!』

「ほらほら!何時ものワードを言わせないでくれよ!出来たら店舗近くの駅でOKかな?」

『は、はい!後、どれくらいでしょうか?』

 ちらとパソコンを見ると70%台まできている。今が十二時四十分、出るのは十三時ちょい過ぎ、駅に着くのが半ってところか。かなりギリギリだな。


『では、十三時半に駅にてお待ちしております!』

「またなんかあったら連絡するよ!」

 っと、委託先に文句言ってやんなきゃだな。どうせ電話出ないし、言った言わないになるからキッチリとエビデンスを残す。

 相手先の事務局長をTOに、先方の上長と田口をCCに入れ、今回の件の原因と経緯報告書の提出を火曜までにするようにと送る。俺の文面はお堅いから相手先はビビるだろう。ちょいと針小棒大(おおげさ)な気もするが。BCCには四ツ谷を入れといた。これで少しでも溜飲が下がればいいな。


「ありがとう!おかげさまで助かったよ!ボスには月曜ちゃんと話しておくから!」

 バームクーヘンのボスはルールに厳しい。そりゃ総務だもの、厳しくしないとやってられない部署だ。俺のせいでこのコがとっちめられたらと思うと心が痛む。

「ウチのボスなら大丈夫ですよ!」

「へ?そうなの?めっちゃ厳しいじゃん?」

「社内イチ管理が行き届いている小畠課長ですからね!」

「そ、そうかな?ともかくありがとう!」

 バームが効いたかな?麻生(莉ったん)は俺を”お仲間(元ヤン)”なんて言っていたけど、総務のボスはスグルも知っているくらい、超有名な女性だけ(レディース)走り屋(ゾク)のアタマ張ってたんだぞ。それに比べたら俺なんか道端の石ころみたいなモンだ。


「おつかれしたー!」

『お疲れ様でーす』

 新入社員の出勤が少ないためか、いつもの合唱が耳に届く。今日はなんだか背中を押してもらえている気がして足どりも軽やかだ。いざ!参らん!


 ……命より大事なギターをデスクの横に忘れて、もう一度開けてもらったのはナイショだ。

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