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#165 : よさこい、よさこい

「おおっ!」

 隣で感嘆の声を上げている。メシは高知料理屋にした。これなら間違いないだろう。


「ズっちゃんは(まえ)が切れるのう!」

「前?切る?」

「リーダーシップ、とでも言うんかの、人を導く力があるっちゅうことじゃ!」

 誉められているんだろうな。ここは素直に喜んでおく。


 あんなにもドキドキしていたのに麻生の話し方が独特で、いつの間にか警戒心が解かれてしまう。これがお互いにいつものお堅い口調で話をしていたら、お通夜みたいな夜になっていたかもしれない。その点は麻生に感謝しないとだな。人付き合いが苦手な俺のことも考えてくれているんだろう。


「そういえば勝手な思い込みで決めちゃったけど良かった?多分、高知だと思ってココにしたんだけど?」

「そうじゃ!歴史好きなら聞いたことある言葉があったがやろう?」

「ああ。小説で読んだくらいしか判らないけど。普段からそんな喋り方なの?」

「オラんくの親せきは皆、東京(こっち)に来ちょるけ、ついついお国言葉が出てしまうがよ。普段はコッチの言葉で喋りゆうがが!」

 一人称が変わった。七つのボールを集めて願いを叶えてもらう主人公のようだが、イントネーションが違う。俺との面接の時も標準語だったし、その後も時代錯誤な言葉を使っていた。


「関東人は"オラ"より"ウチ"の方がウケが良いんじゃ!京都とかはんなりしたんが好きなんやろうな」

 なるほど。弾幕合戦をして気づいたんだろうな。俺が方言女子に弱いということも。過去に京都人と付き合ったことがある。麻生の言う通り酔った時の京言葉は破壊力がありすぎる。言葉の真意が理解できなかったのは良かったのやら悪かったのやら。入口の前でウダウダしてもアレなので中に入る。



『たっすいがは、いかん!』

 大きなポスターにこれまた大きく標語?が書かれている。ビールが男らしくない?

「たっすいは"薄い"って意味でも使うんじゃ、この場合やと"薄いビールはダメですよ"と言う意味じゃのう」

 通訳がいてくれて助かる。コッチで言うところの『シャバい』に相当するのかな?水っぽいことも指すし、”シャバ増”とクソガキ様への侮蔑の意味も兼ねている。そういや一度も高知系の店どころか四国にも行ったことが無い。竜馬とカツオのイメージしかないな。


「ズっちゃんが好きなビールは高知(アッチ)でも好かれちょるけ、安心してな♪」

 半個室に通され、ライダース・ジャケットをハンガーにかけながらお国事情を説明してくれる。

東京(コッチ)で食べれるカツオはそらあ残念でしゃあないが。本場のタタキばあ食べたらあまりの美味さにたまるか!ひせくるぜ!」

「ひせくる?」

「美味しすぎて泣いてしまう、っちゅうことじゃな!」

 うむ。やはり方言は奥が深く、一朝一夕で習得できるようなものではないな。アクセントも複雑だ。


 俺はいつものビールを。高知県の人からしたら”たっすい”のかな?麻生は……

(ぬく)いウーロン茶がええ!」

 あれ?飲まないの?高知県のイメージは『蟒蛇(うわばみ)』、ザルのような人しかいないんでは?

 ”返杯”と言う独特の遊びがあり、同じお猪口でグルグルと回し飲みする。その際、お椀のような容器に水を張り、グラスを逆さまにして入れ、引き揚げた勢いでグラスの底を洗う。失敗するともう一杯飲めるらしい。今ならアルハラになりかねん。


「あんなあ?高知の人間が皆、大酒飲みやと思っちょったら大間違いやぞ!」

 ”何を言っているんだ”と言わんばかりで詰められる。

「え?本当にお酒飲めないの?」

「飲めんこたあないが、ちっとでええ。飲みすぎると頭イタイイタイになってまうがよ」

 眉尻を下げ、上目遣いの困り顔をして、両手の人差し指でこめかみ辺りをクルクルと回す。か、可愛過ぎるだろ!その表情!その仕草!!

 まあこれで”酒のせいで”事故ることは無さそうだと安堵する。沖縄、九州、北陸、四国は酒が強いイメージがあったけど、そうでも無いんだなあ。


「コッチは魚が美味くないけ、あんま食べんようになったなあ」

 メニューを見ながらひとりごちる麻生。せっかくだからカツオのタタキ食べたかったのに……。麻生も大して食べないのか、副菜に近いものを選んで注文する。俺は麻生の反対を押し切り藁焼きを頼む。


「お疲れ様」

「やっとズっちゃんと飲めたが!ありがとうな♡」

 黄金色に染まったグラスと、大きめ湯呑で乾杯をする。まあ貴女が召し上がっているのはウーロン茶ですけどね。酒飲めないなら軽く済ませて、本題へと移ったほうが良さそうだ。時間との勝負でもある。


「そう言えばどの辺に住んでるの?」

「黄色い電車の沿線沿いじゃ!コッチは汽車と違って本数が多いけ、助かるがよ」

「汽車?高知にはまだ機関車が走っているのか!?」

「違う違う!国鉄のことや!電力やのうて軽油で走っちょるんじゃ!」

「え?マ?」

「マ。じゃ!まあアレは後から来たモンやけ、”とでん”を馬鹿にしたらいかん!日本一古くて歴史ある路面電車ながや!」

「都電なら東京だろ?」

「とさでん、で”とでん”なんよ♪」

 ご当地では俺が思ってる常識なんか当てはまらないんだろうな。


 藁が焼けた懐かしさを感じる香りに、カツオの脂が炙られた香ばしさが混ざり合い、腹の虫を呼び覚ます。藁なんか焼いたことが無いのに、なんで懐かしく思うんだろう?俺には田舎も無いから感傷に浸ることなど無いというのに。

「ほう、なかなか大したモンじゃのう?」

 一口食べて本場の人間の感想を聞く。俺は本場の味を知らないから、向こうの人が”マズイ”と言っても平気の平左で食べるんだろうな。

「うん……、俺は美味いと思うけどな?」

 野毛界隈は昔からの『赤ちょうちん』のようなお店がまだたくさん残っている。その中で進出してきたチェーン系列のこのお店、ここで生き残るということは美味いと思うんだけど……。


「コッチに来てたまげたんは魚と醤油じゃ!あないにマズイ魚をよう金出して買いよるよな?不憫で仕方ないがが」

 最近は都内でも魚は美味くなったといわれている。それは麻生の思い出補正と主観でモノを言っているのでは?

「水っぽくて味もたっすい、生臭くて食べれたモンやない。それと醤油!塩水飲んじょるようでたまるか!」

「醤油はしょっぱいモンだろう?」

「高知の醤油は甘いんじゃ!」

 カルチャーショックは国外だけの話ではないことをまざまざと見せつけられる。出張族の頃も東日本が担当だったから、食べ物もあまり違和感なかったんだよな。西側に行くとこんなにも違うのか。エスカレーターで立つ位置、うどんのつゆの色とか位しか思い浮かばないが、まだまだ知らないことが山のようにありそうだ。


 たわいもない話をしていたら時間は二一時になっていた。ここからだと歩いていくにはしんどいのでタクシーを捕まえる。横浜の観光名所、中華街だ。俺は歩くのが好きだから一人なら迷わず歩くがな。


「どう?口に合った?」

「ごちそうさまでした!味は本家には叶わんが、まあまあ良えお店じゃったのう!」

「……なんか、ごめん」

 メシを失敗すると後々まで引きずる俺がいる。三大欲求の一つを無念や妥協で満たすことが辛いのだ。


「なぜズっちゃんが謝るがが?味がたっすいのはお店のせいじゃろう?ズっちゃんはオラんことを思って選んでくれたんじゃ、感謝こそすれ謝るこたあないぜ!」

 麻生の一言に、胸のつかえが四万十川の清流に流されていく気分だった。現状を把握した上で理解を示してくれる。過去に散々文句を言われ続けていたから、こんな優しい回答が来るとは思わなかった。不覚にも涙がこみ上げる。俺はなんて小さいことばかりに目が行っていたんだ。


 あふれ出ないようにガマンをし、タクシーへと乗り込んだ。黄色い電車、真ん中を通るヤツか。ここからなら遅くても二十三時に帰せば間に合うだろう。酒も飲んでいないから寝過ごしも無さそうだしな。

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