#161 : 愚かなオッタル
「小畠さん、今大丈夫でスか?」
楓の意向も汲み取らずに小畠の元へと連行される。
(適当。適当に誤魔化そう)
楓はこう言う『慣れ合い』が苦手だった。学生時代もずっとキライだった。だから、周囲を拒絶してきた。
「おう、どうした?」
こちらに顔を向けるも手は止まらずにエクセルを処理している。一瞬『同類』かと疑った。
「小畠さんあんまり面識ないと思って!神谷楓さん、かえっぺです!」
二課に配属となった時に挨拶はしているが、ほぼ初対面に等しい人物になんて紹介をするんだ、心の中で悪態を吐く。
「……神谷です。改めましてお願いします」
目を合わせずにチョコっと頭を下げる楓に、彼は何かを感じた。若かりし頃の自分の姿を。
「改めて小畠です。先日は急なお誘いにありがとうでした。和田君がつけるあだ名、センス無いからイヤならちゃんと言ってね!」
自分だって飲み会で爆死していたくらいセンスが無いじゃないか。こういう上から目線にオブラートで包もうとするヤカラも嫌いだ。何様だ。
「小畠さぁん!そりゃ無いっスよ!」
承服しかねるようで憤慨している。ウザイ。早く立ち去りたい。
「あはは!ま、俺は言えない立場だね!」
笑ってはいるが手は止まっていない。対戦相手として申し分ないな、自分がハマっている対戦ゲームを思い浮かべる。
「そうそう、かえっぺも『スタゲ』やってるんですよ!」
「なんだ、最近の若い子にもウケてるのか?」
「アニメの効果もありましたしね!」
人の了解も得ずに個人情報を曝け出す和田。今度は楓が承服しかねる、といった様相だ。
(ニワカのクセに語らないでよ……)
ゲーム信者としては軽々しく語って欲しくないようだ。
「前回放送の『同床異夢のカタルシス』のオペレーション・グルヴェイグは痺れますね!まさかフレイヤだったなんて!」
「スタゲの根幹には北欧神話があるからね。ゲルマン系とか。ま、カタルシスって言葉はアリストテレスが広めたんだけどね!ギリシャだっつーの!」
「えっ!?北欧だと思ってました!オペレーション名に良く使われてるからてっきり!」
何だ、ただの『愚かなオッタル』だと思ったが、これは、案外……。
(この人がオッタルなら、差し詰め向こうが『フレイヤ』だな)
二人の会話を禄に聞きもせず自分の世界へと閉じこもる。
「忙しいところお邪魔しました!」
「ジャマすんなら来んなよ!あ、神谷さんは何かあっても無くてもウェルカムだからね!」
手元を見ずにバチバチとエクセル処理をするオッタル。その言葉は秒針が右隣へと移るかのように、さも『当たり前だ』と言わんばかりで自然と受け止められた。
(……なんだ、人らしい部分もあるんだ?)
昨日見かけた慌てっぷりも人間ぽいのは確かだが。
秒針の先くらい、少しだけ親近感が沸いた。トゲのある楓を少しだけ軟化させた言葉は、かつての恩師のパクリだとは美希以外誰も知らない。
「ったく!ひでーよ!小畠さん!」
とは言いながら彼も破顔一笑している。バレンタインの時もなんかコントみたいなのやっていたな、とふと思い出す。
「どう?小畠さん?」
「どう、と言われても」
楓は神様ではないので、先ほどのやり取りで彼の全てを知りえたワケではない。
「小畠さんさ、人畜無害に見えてヤリ手だから、困った事とかあったら遠慮せずに相談してみなよ!ボクも小畠さんに教わってここまで来れたんだ、あの人にお願いすれば問題ないよ!」
とは言うものの、和田もそこまでデキル人間だとは楓は思わない。まだ、和田との接点が乏しいからなのかもしれないが、そこを割り引いても自分の値段を吊り上げすぎだ。長野あたりが言うならまだしも。
(人畜無害が会社の近くであんなことを?とにかく面倒はごめんだ)
資料を手早く纏めて、無言で出て行った。
「戻りました」
鳩尾当たりを抑えながら馨が帰社したと挨拶をする。
「馨さん!おかえりなさい!腹、痛いんスか?」
「あ、ああ。大丈夫。筋トレがオーバーワークっしちゃってね」
流石、社内で一、二を争う自信家、自分を高めることにかけては手を抜かない。と、まんまと騙される。犯人は彩だということも知らずに。
「さっすがレコードホルダー!期初から売上も筋トレも飛ばしまスねー!」
和田が言うとイヤミがない。馨もそれを理解しているから、和田を可愛がる。
「ははっ。程々にしとかないとリンに火を着けちゃうからな」
同期入社の親友を持ち出す。
「お二人が別々になって良かったですよ!一緒だったらどっちかの課が吹き飛びまスからね!」
誠の業績は波があるが、しっかりと積み上げてくるのは数字として証拠が残っている。
「アイツにも春が来たっていうか、浮かれてるから多分、今月は未達」
「え!そうなんスか!?あのチャラ原さんが!?」
しまった、と思ったが時すでに遅し。口を滑らせるのは馨の悪いクセのようだ。
「俺と和田君だけのヒミツにしといておくれよ?」
「大丈夫っスよー!」
そういって、先ほどの長野からの言葉をハッと思い出した。ついでに楓を紹介しようと思ったのだが、そちらが本筋になってしまっていた。が、普段通りだったので、ありのままを報告する。
「……わかった。田口さんには俺から報告しておく」
「お願いしまっス!」
席へ戻るとき、自分のお腹周りに付いた快楽の代償が上下に揺れる。
(ボクも筋トレしなければ……!)
今更感は否めないが、自分への投資は食事とアニメだけではない、そう思った和田だった。