#159 : 弾幕薄いぞ!何やってる!
『お待たせ致しました。電車内で返信できず申し訳ございません。』
改札まで歩きながらスマホを打つ。普段の俺なら絶対しないが、一秒遅れる毎に麻生から弾幕のようにメッセが来るんじゃたまらない。しかもあんな写メを送ってきてる。努めて仕事モードで返信をする。
『♫~♫~♩』
こんな時間に知らない番号から着信。別所がやらかしたか?
「お世話になっております。小畠です」
『おお!着いたかよ?』
声の主は麻生だった……。
「今、着いた所ですぐに返事しただろう!?」
『ほんまや、改札の音がしちゅう!で、今週会えるんやろ?』
その確認の為にしつこくメッセを送ってきていたのに、しれっと再確認してくる。
「……わかった。俺も久しぶりに行こうと思ってたから連れてくよ」
『たまるか!ズっちゃんさすがやわぁ!』
「ズ、ズっちゃん?」
『嘉寿男やけ、カっちゃんは母ちゃんみたいやし、オっちゃんはおんちゃんみたいでアレやしなあ、やから間を取ってズっちゃんや!』
勝手にあだ名をつけられてしまった。俺はあだ名らしいものは無く、大抵はましろに紹介した通り"カズ"と呼ばれている。後輩は大抵はカズさん、何故か知らんが先輩や年上の人はカズちゃんと男の俺をちゃん付けで呼ぶ。近藤さん位だな。こんな俺をまだまだ"坊や"扱いしてくれるのは。
「で、その、さっきの写真なんだけど……」
『かわええやろう!ズっちゃんと会う時用に買うたんよ♡』
「いや、そうじゃなくてあんな写真を……」
『なんちゃあ、なんちゃあ♪こじゃんと送るがやき待っちょってな!』
「そうじゃなくて!」
『下着着けちゅうが不満ながか?生まれたての莉加ちゃんを見せちゃろうか?』
「ち、違う!会社の携帯に送って来られたら困るって言ってるんだ!」
『おいよー!そいなら早よう言うたってや!あ、言うたちズっちゃんの携帯ばぁ知らんがぜ?教えとうせ♪』
そう言えば瑠海には教えたけど、麻生にはまだ教えてなかったな。いや、教えるのを我慢していたんだ。俺がヘンな気を起こさないようにと。それなのに、今は立場が完全に逆転している。俺の大事な部分がカツアゲされている気分だ。
「……今メッセから送った」
『ほにほに♪届きよった!』
「会社の携帯は仕事用なんだ、プライベートな情報は送らないでくれ」
『こみこんで仕事しよるんはホンマながや!いごっそうやのう!』
半分くらいしか意味がわかないが、業務端末にアヤシイものを送るのはやめてもらえそうだ。
改札を出て帰り道方面に歩いていると、店の前にましろが立っていた。火曜の二十時台、お茶を挽いてるんだろうな。目が合っておいでおいでと手を振ってきたが、俺が電話中なのを見て『バイバイ』に変わった。俺も同じようにましろに手を振る。今日はごめんな。また今度、優を連れて行くよ。
『ティロン♪』
早速メッセアプリが鳴く。俺と電話をしながらメッセを送る、麻生って器用なんじゃないか?
『これが莉加ちゃんのメッセや!ちゃんと登録してな?』
早く返さないとまた弾幕を張られそうだ。なのでちゃんと理由を話して理解してもらおう。そうでもないと未読数が見たこともない数字になりそうだ。
「改めて言っとくけど、俺、打つの遅いからそこは勘弁してくれ」
『パソコンやったらあないに早いのになあ?』
麻生にパソコンを教えたのは俺だ。コピペ程度で威張れないが。別所は俺のとこにきてビビってたみたいだけど、慣れたら誰でもできるよ。
俺の私物携帯を教えたのでいったん電話を切る。と、スグに麻生から電話がかかってきた。
家に着くまで他愛もない話しをし、帰宅後に電話を切りメッセのやり取りをする。こんなに私物携帯を使ったのは久しぶりだ。
メッセの途中で『プレゼントが届きました!』と公式からメッセが届く。不信に思いながら開いてみると、送り主は麻生だった。
『莉加ちゃんとメッセする時はこのスタンプと絵文字使うてな♡』
今はこんなのも贈れる時代なのか……!仕事以外で使うのは優、瑠海、弟、母親くらいだ。絵文字もスタンプも使わない、武骨な男くさいメッセ。瑠海以外の頻度は半年に一度程度。もう何年分ものメッセのやり取りをしている気分になる。兄貴は俺に似て古いタイプだから、未だにガラケーを使っているためアプリが使えない。
正直、俺はこの手の手法が嫌いだ。話すなら直接会って話したい。顔を見ながら、目を見て、感情も伝えたい。瑠海も似たような感覚を持っているようで、頻繁には送って来ない。だからみんなそんなモンだと思っていたのに、麻生は息をするかのように送ってくる。その速さがあればパソコンなんか楽勝だろうよ。
麻生とのやり取りは夜中の十二時まで続いた。流石に俺も疲れたので終わらせることにする。
『メッセありがとうな♪ゆっくり休んで良い夢見てな♡』
つ、疲れた……!仕事するより疲れてる気がする。やっと解放された俺はこれから風呂に浸かり魂の洗濯をする。寝るのは何時になるのだろうか?とりあえずビールだ。
楓はベッドに仰向けになり、スマホでゲームを淡々とこなす。
(今日のアレは一体なんだったんだろう)
莉加と小畠の二人を見かけた、までは良かったが、退職したとはいえ会社の近辺で不遠慮なボディタッチ、社内とは打って変わって生き生きとした表情、種類は違うが莉加も『同類』なんだと思った。
(相手が田口だったら面白かったのに)
ヘイムダルを倒せるのはロキしかいない。
(私はロキにはなれない)
イラつきながらゲームアプリを閉じる。時間は深夜零時。シャワーを浴びて寝なければ。
(あー、仕事めんどくせー。明日、会社爆破されないかな)
社会人四年目、仕事への情熱は初めから持ち合わせていない。東証一部上場企業、それだけで選んだ会社だ。適当に働いて、適当に恋愛して、適当に結婚するまでの繋ぎ。楓は莉加とは違った厭世観を持っているようだった。