#16 : 頑張れない時もあるの。
「その様なことがあったのですか…」
森の退職を俺から聞かされた麻生は消え入りそうな声で呟いた。
「本人の限界を超えていたとの事で。引き継ぎも不十分なまま、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「お、小畠さんが謝る事では無いのでは?」
突然の報告に突然の謝罪、麻生も混乱しているだろう。どっちが上長かわからないと言いたげな顔で見つめてくる。やめてくれ。吸い込まれそうだ。俺はソレを望んでいる。
「森からはほぼ全販路の同行は完了しており、麻生さんがよろしければ一人で対応出来る、と申していたのですが…」
たった二週間の引き継ぎで大丈夫なのか?疑念と期待の入り混じった、我ながらいやらしい聞き方をした。
「そうですね。担当販路には全てご挨拶回りは終わっております。ただ…」
「た、だ?」
「…パ、パソコンの方がまだ不安で、出来れば得意な方にフォロー頂けると幸い、です」
俯きながら麻生は本心を語った。大井さんの言う通り営業としての研修は派遣会社で研修・実践済みで後はウチのやり方に慣れるだけ、森が言ってたレベルはパソコン業務と言う事か。
「…パソコンの方は私が対応致します。販路営業については長野に話しておきますので、お一人で対応できる販路を重点的に回って下さい」
「あ、ありがとうございます!小畠さんなら安心してお聞きできます!」
大きな瞳が更に大きく、星をありったけ散りばめた様にキラキラと輝いている。ほら、俺が吸い込まれていく。ように見えるだけだ。疲れていてもブレーキを忘れるな。
「私は月曜日が週次、水曜日が定例会、金曜は取組対策で埋まっております。火曜・木曜であればお時間作れます。」
「二課の週次が水曜日なので、前日の火曜にお時間を頂く事は可能でしょうか?」
「問題ありません。では、火曜という事で」
「はい!是非、宜しくお願い致します!」
ペコン、と頭を下げる。なにこの可愛い生き物は。おじさん見た事ないんだけど。森が堕ちるのもわかるよ。コレは反則級に可愛い。
その可愛さに負けてしまい、森との同行時の詳細を聞きそびれてしまった。森の告白は嘘では無いだろうが、麻生の話しも聞いて整合性を取りたかった。
森のせいで麻生がポンコツになったのか?それとも元からなのか?爪を隠しているのか?
底が見えない麻生を恐ろしくも感じたのは、俺の野生のカンが働いたからなのか。
「研修の内容は使用頻度が高いエクセルを中心に、書面を送る際のワード、新規営業やイベントの説明資料を作るパワポの三軸で行います。森が使っていたものをそのまま引き継げば問題無いと思いますので」
「未知過ぎて何から手をつければ良いのか不安ですが、小畠さんなら私も安心してお伺いできます」
キラキラの瞳で俺を見つめる。その瞳に俺は昇天していた。
田口と長野に麻生の件を話し、フォローアップをお願いする。なぜ俺が?自分でもわからんが、田口に上手く利用されているからなんだろう。
「森さんが良いとは言っても、私は実情を把握してませんので何とも言えませんが…。和田にもフォローが出来るか確認しておきます」
「こんなんで穴埋めしたとは言わせないからな。新人の一人称完結ができるまではちゃんと対応するように」
長野と田口が苛立ちながら俺に告げる。苛ついてるのは俺の方だっての。クソ。和田も巻き込んでしまったな。昇格面談、無事に終われば良いけど。
木曜が空いているとは言え、いみじくも課長職だ。仕事は一般社員よりもボリュームがある。二課の対応をしたので15時からの業務再開。6時間ロス、通常運転で23時。終電ギリギリだ。
今日は帰りたい。色んな感情を受け止めすぎた。風呂に入って魂の洗濯をしたかった。
小さくため息をつき、気合を入れ直す。
頑張れ、俺。負けるな、俺。




