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#153 : 軽いのに重たいものはなあんだ?

 昨日のリンのカミングアウトに正直驚いている。

 付き合うって、もう少し時間かけたりしない?俺が古いだけ?


 言うたら俺も()()()()()()()即日ってのもあるから人の事は言えないが。


『愛の代償としての肉体関係』


 ずっと頭から離れない。瑠海が求めているのは俺からの愛情、俺が瑠海に求めているものは?残念ながらカラダじゃない。

 世界中から『道具』のように扱われてきた彼女に暖かさを知ってもらいたかった。俺のエゴ、いつもの余計なお世話様だ。

 俺は他人に求めないまま歳だけ取っちまった。今更になって"アレが欲しい、コレして欲しい"って言えなくなる。年齢と言う常識が邪魔をするんだ。あ、スカーフ渡しそびれてしまったじゃないか……!


 その点、成り行きだったとはいえましろに会えたことは転換期だったのかもな。人を、人の心を、思いを意識するようになった。その場だけで処理して終わり、ではなく、ちゃんと人付き合いができている気がする。


 若い頃に別れた彼女の言葉が今更になって響く。


『そう言う所がアンタの神経疑う』


 人の皮を被った冷血動物が良い人を演じ続けた結果が今なんだ。因果応報、報いは返って来るんだ。


 帰ってくるといえばようやく火曜会の復活だ。しかも四ツ谷は別所のお守りがあるから初の二人きり。朝からドキドキが止まらない。

 定例会の資料もまだ2W(二週間)分しかないから楽勝モード、待ち合わせよりかは少し早いけどさっさと終わらせて待っていようか。


「ちょっと出てくるね。NRだけどなんかあったら遠慮せず連絡してね」

「かしこまりました!いってらっしゃい!」

 柏木に外出を伝えボードに『NR』と書き込む。別所の件があったからまだ気が抜けない。



「こんにちは!」

「やあ。今日はヘンなヤツいないから大丈夫だよ」

「先日の方ですか?悪い人には見えませんでしたけど」

 気をつけろ、コーヒーちゃん。そうやって人畜無害を装って取り込むんだ。


「熱いので気をつけてくださいね!」

「ありがとう。いただきます」

 いつもの香り。癒される。コーヒーは覚醒作用が強いのに、なんでこんなにも心が柔らかくされるのだろう。


 席に向かっていたら、窓に向かったカウンター席に麻生がいた。いつもは研修するからテーブルにするし、今も三席空いている。オフィス街なので勉強をするために参考書を広げている学生もいない。いてもノーパソをポチポチしてる同類(リーマン)くらいだ。


 窓の外を見ている彼女は黄昏(たそがれ)ているようで、あすこだけぼんやりと霧がかかったように儚げだ。そのさまは正に妖精......、声をかけたら跡形もなく消えてしまいそうだ。


「お待たせして申し訳ございません」

「お疲れ様です、こちらこそ急に申し訳ございません」

 立ち上がって挨拶する。いつもの麻生だが、なんだか雰囲気が違う?社内にいる時からそんなに一緒ではなかったけど、火曜会の時でも感じない違和感。あ、メイクが違う?


「少し雰囲気変わられましたね?」

「そうでしょうか?少し派手ではと......」

「似合ってらっしゃいますよ」

「あ、ありがとうございます!」

 ほんの数か月前の俺なら絶対に口にしない言葉。俺も『大人』になってきたかな?


「新しい職場はいかがですか?」

 当たり障りのない会話から始める。

「先日お伝えした通り会社を変えましたので、また販売職に戻りました」

 だから、か?メイクの感じが違うように感じたのは。より人に見られる仕事だからな。ほんと女の子は大変だよ。

「家庭の事情と伺っていたのですが、大丈夫なのですか?」

「やはり御社と違って形式通りにならない面もありますが、子供がいるということで融通はしてもらえておリます」

「それは良かったです。まずは一安心しました」

 ふぅ、とため息を吐いてコーヒーを飲む。


「して、本日はいかがされました?」

「......まだ、わかってもらえないんですね」

「は、はい?」

「なぜ、辞めたか」

「そ、それはご家庭の事情が......」

「それは建前です。大井も濁していたでしょう?」

 確かに、いきなり電話してきて筋違いな話をしてきたもんな。こちらが問い正すまで確信部分を濁していた。そんな俺の回想を無視して麻生は喋りだす。いつもの清流のような澱みのない流れではなく、上流から降り注いだ雨や鉄砲水を含む濁流のような激しさで。


「なぜ、二課に決まって落胆したのか」

「なぜ、担当販路以外の情報を持っていたのか」

「なぜ、それをあの場で発言したのか」

「なぜ、森さんの事を黙っていたのか」

「なぜ、話し口調を合わせたのか」

「なぜ、パソコン研修をお願いしたのか」

「なぜ、火曜会の話を出したのか」

「なぜ、他人の前で自分の事を話さなかったのか」

「なぜ、お正月にあんなメールを送ったのか」

「なぜ、金曜の夜に相談したのか」

「なぜ、テーブルではなくカウンターにしたのか」

 捲し立てるように、畳みかけるように麻生からの『なぜ』の嵐が止まらない。恐怖すら感じる......。


「ニブチンさんには実力行使です!」

 そう言うと、麻生の右手が俺の左手をギュッと握る。


「辞めた理由?小畠さんとお付き合いするためです!」

 あの大きな()でジッ......と見つめてくる。そして、吸い込まれていく。俺の意識とともに。俺は酒の飲みすぎで頭がおかしくなったのか?それとも異世界に来たのか?スタゲやりすぎて違う世界線に来たのか?


 手汗が酷くあふれている。握られた手をそっとほどこうとした瞬間、シャツの袖が捲れ白く細い腕がチラリと見えた。そこには無数の傷跡があった。


 自傷行為(リスカ)......!


『細いので冷房がきつくて』

 麻生の言葉を思い出す。そう言って真夏でも長袖をずっと着用していた。身体が細いからだと思い込んでいたが、コレを隠すためだったのか!?


「なぞなぞです♪軽いのに重たいものはなあんだ?」

 今まで見たことのない麻生の姿、しゃべり方、表情......。一番最初に会った時とは違う笑顔、微かに茶目っ気があり、妖精というより『淫魔(サキュバス)』だ。


 いや、俺はこの顔を覚えている。初めての火曜会で”アイスティーにすれば良かった”と舌先を出した時と同じ顔だ。


 なんて事だ。あの時既に俺は術中に嵌っていたのか。いや、面接した時から、か……。


「正解は、『メンヘラ』でした♡」

 麻生がギュッと俺にしがみついた。

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