#151 : 武士は喰わねど高楊枝
「今日はちゃんと連絡くれたね!」
「よっ!飯塚さんっ!」
「ちょっとやめてよ〜!」
思いもよらず早く買い物が終わってしまったので、いったん会社に戻り月曜の準備をし、ましろにメッセを送ってから来た。もう十七時。相も変わらわず仕事が好きだな。
この前、和田に買いに行かせた雑誌にモデル名が載っていた。
『飯塚 ましろ(24)』
さっきの反応だと本名だな?源氏名だと思ったのに。
「ってか自分で言うのもアレだけどよく買えたねー!?」
「後輩がメシ行くついでに買いに行かせた」
「ひっどぉ〜!でも観てくれたんだ♪ありがと!」
こんなとこは年相応の可愛さがあるな。
「今日、仕事だったの?」
ビールの小瓶をグラスに注ぎながら聞いてくる。スーツだからな。まさか仕事帰りに飲み行って、しっぽりと愛のホテル帰りです、とは股が裂けても言えない。
「お返しを買いに行ってきた帰りにちょっとだけ仕事してきた」
「あ、お返しと言えば!」
「ああ、その節はありがとう。二人とも喜んでいたよ」
やはり女の子、同性が欲しいんものが分かるのだろうな。おかげでダーツ負けたけど。
「で、今日はなんのお礼なんです?」
「チョコもらったお返しに、と思ったんだけど本人が固辞してね。唯一、意見を求められたのにしてきた」
「今更!? そうやって勝手に決めつける~!ちゃんとお好みとか聞いたの?」
「い、いや、俺と一緒で酒が趣味みたいなもんだからさ」
「何にしたの?」
「ス、スカーフ......」
「これまた難易度の高いものを......!」
ましろが呆れ返っている。
「気に入ってくれると良いね!」
「普段は興味を見せないのに、俺に意見を求めたくらいだからイケると思うんだよなぁ」
「どこのスカーフ?」
「GUCCI」
「その人が要らないって言ったら私に頂戴!」
目が本気だ。そらあんなに高かったんだ、売ればお小遣いにはなるだろうよ。
「そんなに高価なものを渡す仲なの?」
「相場なんか知らないからさ、タグだけさっと見てレジ行ったら一桁間違って焦った」
「それでも買ったの!?」
「漢には引くに引けぬ時があるのだよ」
「ばかー!その分を私のお肉様に捧げなさい!」
とは言ってるが顔は笑っている。俺の間抜けさ加減を茶化してくれる。
「と、言うわけでしばらくは貧乏さんだからよろしく」
「しょうがないですね!ビールはガマンしてあげます!」
ビールは約4割が税金だ。だから高い。そんなビールを愛してやまない俺は高額納税者なのだよ。
「オトコとして引かなかったってことはその人のこと好き、なの?」
俺とましろは客と店員の仲、気兼ねなくこんな話もできるようになってきた。
瑠海の言葉を頭の中で反芻する。
『愛の代償としての肉体関係』
『愛は捧げるだけじゃない。貸したり、借りたり』
「......カズさん?まずいこと聞いちゃった?」
「ああ、ごめん。言葉に詰まっちまった。イタリア人とのハーフで超絶美人。おまけにスタイル抜群、頭脳明晰、どんな風に伝えたら良いか悩んじゃうよ」
「そんなに素敵な人なら形容するにも困るね!アタックしないの?」
「非の打ちどころがなくて俺なんか無理無理。歳も離れてるし」
「私とカズさんの歳の差はぁ~?」
「そりゃどんな意味だよ」
笑って返す。実際、瑠海から気持ちを寄せられているのに、応えられる自信が俺に無いだけなんだ。人の、愛し方が、わからない。
「スグ哀しい表情する!ウチ来たなら楽しんでってよ!」
ましろに怒られた。そうだよな。来るたびに不幸の塊みたいな顔してたからな。
「......正直、まだ自信が無いんだ」
「なんの?」
「れ、恋愛......」
一瞬、ましろが固まった。
「あっははは!カズさんが!? 冗談は年齢だけにしてよ!」
「しっつれいだなー!」
「あ。オコだオコ~!」
最近、人にちゃんと自分の事が話せるようになってきた気がする。人間不信もほどほどにしないとな。
「これも最近になって教わってさ。俺、人の事をちゃんと愛したことが無いんだ。だから何をどうしていいかわからなくて」
「えっ!? カズさんってDT......?」
「ちゃうわい!」
「じゃあ初体験は?」
「個人情報を含むのでお答え致しかねます」
「ますます怪しいなぁ~」
ましろが産まれた頃には3つ年上のお姉さん相手に卒業してた。甘酸っぱい、と言えば良い思い出のようだが、現実はそんな幻想的なものではなかった。思い返せばあの頃からその手のギャグセンスが無かったな。
「そういえばカズさんって下ネタ話さないね?」
こないだの飲み会を思い出して心臓が締め付けられる。穴があったら埋めてくれ。
「俺にはギャグセンスってものが無いんだよ」
「普通にしてるだけで面白いもんね!」
「なんだよそりゃあ!」
「あっはははー!図星ぃ~!」
ましろともずいぶん気安くなってきたな。たまには優も誘ってやるか。奢らないけどな。
「つーわけで貧乏人は帰るよ」
見栄とプライドの意味をはき違えるな。お釈迦様もおっしゃったそうな。
「しばらくお肉はお預けだね!」
いつもちゃんと見送ってくれるましろ。昭和ノスタルジーが好きなだけあって、良妻賢母な雰囲気がある。本人はきっとドがつくほどの天然さんだろうけど。
今日は運動がてら歩いて帰ろう。て、手持ちが少ないからじゃないぞう。