#150 : 青い花に込められた気持ちを知るとき
瑠海とはホテルで別れた。名残惜しむように口づけて。
クリスマスの時のように背中を向けあう。ある意味、二人の関係を決定的にした日でもある。
瑠海は俺を縛り付けることをしないと誓ったようだ。それは俺の性格のせいなのかもな。
瑠海が俺に求めるものは恋人のような愛情でもあり、家族のような優しさであり、異性の友人でもある。
その代償として彼女は抱かれる。求めていたものが真実なのかを確かめるために。なんて空虚なんだ。
そんな瑠海の気持ちを、哀しさを少しでも和らげたい、俺のお節介で応えてしまう。こんなところも『甘い』んだろうな。
十時にチェックアウトしたものだからヒマになってしまった。海の近くだがさすがに釣り道具はない。あるのはヘタクソになったダーツだけだ。前に瑠海といったモールをぶらついて帰りますか。
ショッピングモールは朝から多くの人で賑わっていた。まだ作られて新しい街だから、街全体の年齢層が若い。二十代、三十代の家族が目立つ。
これと言って欲しいものは酒くらいだし、わざわざ重たい思いをしてココで買わなくても良い。前回は瑠海のお返しをメインに廻っていたから、運動も兼ねてじっくり散策する。
場所が変わっても売っているものは大差が無い。レイアウトや見せ方が違うだけで、俺の地元でも売っているものがある。そういえば唯一、瑠海が意見を聞いてきたのがあったな……?
お目当てのものは女性用フロアーのテナントだった。ハイブランドがズラリと並んでいる。土曜の午前中、ヨレたサラリーマンがこのフロアーに一人でいるのは些か気恥ずかしくて早足になる。
方向音痴ではないが、一回しか来たことのない店、しかも自分とは関連が無い女性専用フロアー、迷子になるなって言う方が困難だ。
十分ほどグルグルと歩き回り、やっとお目当てのものを見つけた。小花が散りばめられた淡いブルーのスカーフ。
「お探し物でしょうか?」
スタッフの人が声をかけてくる。
「あ、ああ、はい。以前こちらが気になっていたようなので」
「奥様ですか?」
「ブフッ!」
「た、大変失礼いたしました!」
そら土曜の午前中、こんな格好で大人の女性向けのモノを物色してたらそうなるわな。俺も『奥様』がいてもおかしくない年頃だしな。
「こちらですと春先はもちろん、夏の汗取り、秋口の首元にワンポイントとして素敵でございますよ」
巻いている瑠海を想像してみる。細く畳んでリボン巻き、いわゆる『スッチー巻き』、良い。良いな。
首にくるっと回してドレープスタイルも良い。夏場なら首にかけたままライニングも涼しげだ。いつも髪を下しているからヘアバンド代わりにしたら?うむ。瑠海のポニテは破壊力が抜群だ。そのままフワリと回ってもらって……
「お、お客様...?」
おっと、脳内で一人ミラコレしてしまった。ウォーキングするモデルは瑠海だけだが。俺の心がパラダイス・ロックされちまった。
「こちらをお願いいたします」
「ありがとうございます。ご贈答用でしょうか?」
「お願いいたします」
「リボンのお色はいかが致しましょうか?」
スカーフが淡いブルーだからな。ああ、なお君のお店で会った時も似たような色のブラウスを着ていたな。
「合わせてもらえますか?」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
レジへとご案内でござい。勢いで買ってしまった。ってアレ?た、高くね!?こんなに薄い布なのに何でこんなに高いんだよ!?タグの金額を一桁読み間違えたわ!あ、現金無いんだった......。
「カードでいいですか?」
「勿論でございます。お支払回数はいかがされますか?」
見栄用のゴールドカードを出しておいてボーナスとは言えない、ここは漢の一回払いだ。しばらくは惨めだな。
「お買い上げありがとうございました。またのご来店を、心よりお待ち申しております」
さすがこんだけのモノ買ったらお見送りは一流ホテル並みだな。みんなコレに気を良くしてまた買ってしまうのだろうな。ま、俺もラウンダーや販売職のコ達に言い聞かせていてる。モノを売ったらハイ、終わりではなく、お客様の姿が見えなくなるまでお見送りをしなさいと。ウチの製品を選んで下すったんだ、世界で一番のおもてなしをするようにと。
素直に実践した四ツ谷が近藤さんのお気に入りなのは、近藤さんと俺が共通して持つ美意識に似ているからだろう。俺はまだまだ近藤さんの足元にも及ばないがな。
ホワイトデーのお返しではなくなってしまったけど、昨日キャンセルさせちゃったからな。お詫びってことで。
あ、あの時に躊躇したのは値段のせいだったのか?だとしたらあんなマンションに高級な家具、ハイクラスな生活を送っているのに以外と庶民派なのかもな。いや、俺のサイフのことを気遣ってくれたんだろう。週明けにでもこっそり渡しておくか。