#147 : 獅子吼ゆれば野干脳裂く
悔しさのあまり、定時で帰ることにする。
一昨日、成り行きで四ツ谷と柏木でダーツやったけど、柏木に勝てたのはゼロワン1回とクリケ1回だけだった。アレで肩凝りなかったらどんだけだよ。
別所は危なっかしいとは思っていたが、こんなにも早くご指摘をいただき、俺が出張らないとなんてな。顛末を知ったら大宮や近藤さんに怒られるだろうな。甘やかすなって。
本来ならば四ツ谷だけで解決させるのがスジだろうけど、成長したとは言え二年目に入ったばかり。経験はしておいて損はないが、当事者にならなくても良いだろう。俺も久々に気合い入って面白かったしな。
それにしても悔しい!唯一『特技』と言えるダーツをボコられて俺のプライドはボドボドだ!マリさんの所でコソ連しようかな。
「ご無沙汰しております。お身体、変わりはございませんか?」
「お久しぶり!忙しさにかまけてごめんね」
瑠海とも沙埜ちゃんとも仲直りしたので、こちらも気合いを入れてなお君の店へとダマで来た。緊張したぜ……!
マリさんのお店はまだ開いてないので、なお君のところで一杯ひっかけようってことですよ。所定席のカウンターへ案内される。
「相変わらずお忙しいようですね」
スッとビールが出てくる。嬉しいよなぁ。
「フリしてるだけだよ。一緒に飲もう?」
「頂戴いたします」
コツ、とグラスを合わせ一気に飲み干す。
「こんなに早い時間にお珍しいですね?」
「やっとこさ落ち着いてきてね。こんな日でも無いと会いに行けないからさ」
「ありがとう存じます」
相変わらず丁寧だなぁ。
「あら、珍しいじゃない」
お店のドアから聞こえた声の主は……瑠海だった!
「お、お疲れ。ひ、久しぶりだね」
「飲み会したじゃない」
「そ、そうだったね」
いきなりすぎてビックリしちゃったよ!
「ちょっと失礼するわ」
そう言うと入ってきたばかりのドアを出る。なお君はオーダーを作りに厨房へ向かった。
「どう言う風の吹き回しかしら?」
「戻ってきて開口一番それかよ⁉︎」
「こんな時間に貴方一人なんて珍しいから。待ち合わせかしら?外した方が良い?」
自分以外の女を連れて来れるモノなら連れて来い、そう言う目をしてる。絶対に席を外さない気だぞ。
「毎度のお一人様だよ。なお君の所でメシ喰って、マリさんの所に行こうと思ってたんだ」
「大方、ダーツに負けたから練習しに行くんでしょ?」
ギクゥッ!なんで瑠海さんはそんなにも鋭いのかなー!
「ご明察通りにございます。一昨日、新卒がやらかしてさ。その処理の後に時間があったから、四ツ谷と柏木とでダーツしに行ったらフルボッコにされてさ。悔しくて寝らんないんだ」
苦笑いしながら答えたら、隣からユラァ…と闘気が見える……?
「ふーん。貴方の買い物も手伝って、行きたく無い飲み会にまで参加したのに、私は誘ってくれないのね」
獅子吼ゆれば野干脳裂く。キツネの俺は裂かれる運命にある。
「い、いや、突然だったしさ!それに」
「それに?」
四ツ谷が一緒だったら嫌がるだろうし、俺も気が気でない。前回は大勢だから良かったけど、俺、瑠海、四ツ谷、柏木の四人で飲みなんてどんな地獄だ?いや、キレイどころばかりだから天国なのか?
「それに、瑠海の家とは逆方向だったしね」
「それならしょうがないわね。目を瞑ってあげるわ」
「ありがたき幸せ」
カウンターに頭を押し付ける。ま、四ツ谷も柏木も瑠海と同じ路線を利用して、瑠海の家方面なんだけどね。何とかも方便って言うだろう?まだ脳を裂かれたくは無い。
「お待たせいたしました」
「なに笑ってるのよ?」
なお君がはにかんでいる。クールなイケメンだけど、笑った顔はキュートでカワイイな。お、俺はノーマルだぞ。
「お二人の仲の良さに。久しぶりだなと」
「誰かさんがフラフラしているからね」
「や、やめてくれよう……」
なお君にも心配かけていただろうからな。偶然とは言えここで瑠海に会えたのは良かったんだろうな。
「瑠海は一人?」
「待ち合わせしてたけど貴方を見かけたからキャンセルしたわ」
「ええっ⁉︎」
「だから、付き合ってよね」
イタズラっぽい目でグラスを合わせてくる。こ、小悪魔瑠海さんもこれまた……。
「大丈夫なの?そんな事して?」
「いつも飲んでるからたまには、ね」
瑠海といつも飲んでいる、誰だ?いやいや、気にしたらアカン。俺には関係ない事。
「嫌でも会う人だから良いの。気にしないで」
「なんか悪い事したみたいだよ。お相手の方に宜しくお伝え下さい」
チリ、と心が痛む。妬いてんのか?
「今日はペースがゆっくりなのね?体調悪いの?大丈夫?」
「あまり飲みすぎるとダーツの練習にならないからね。我慢してるんだ」
酒量が少なくて心配される、俺は酒樽かよ!
時計を見たら二十一時。気づいたら二時間も経ちそこそこ飲んでしまった。瑠海さんめ。
「なお君、ご馳走様でした」
「毎度ありがとうございます」
「奈央もヒマなら来れば?」
「朝までかよっ⁉︎」
「イヤなの?」
「光栄にございます。Her Majesty」
「それは英語でしょ。Sua Maestà la Regina、よ」
グラッチェ程度しか知らないんだってば!朝までか……まあそれもいっか。ぶん投げ放題だな!
女王陛下と黒馬に乗りマリさんのお店へ。少し早い時間だから、マリさんはまた”雪が降る”なんて言わないだろうな……。
「こんばん、は……?」
「か、課長ぉっ⁉︎江口さんもっ⁉︎」
俺の心配をよそに、カウンターには林原が居た。