#146 : 事後処理は自己流に。
「流石にここだとアレだから移動しよう」
周りの目が気になるようで小畠が歩き出す。
「課長ぉ、怒ってまずかぁ〜?」
顔をクシャクシャにしながら杏樹が確かめる。
「別所さんが怒られる理由を上げたらたくさんあるけど、俺は怒ってないよ。もう大丈夫だから、ね?」
「ず、ずびばぜんでじだぁ〜!」
優しくされたので余計に泣いてしまった。
「ほら、小畠課長もああ仰ってるのだから、少し落ち着けるとこに行こう?」
美希が杏樹の肩を優しく抱いて促す。
信号を渡った所にチェーン系列のカフェがあるのでそこに入る事にした。
「とりあえずお疲れさん。落ち着いた?」
「はい……ありがとうございます」
「私からも、ありがとうございます」
「俺に謝罪も礼も不要。そんなヒマあるならケーキを食べれば良いじゃない?」
そう言うと適当にケーキセットを3つ頼んだ。小畠はコーヒー、美希は紅茶、杏樹はホットミルク。
「課長は怒らないのですか……?」
不安そうに上目遣いで杏樹が聞く。
「怒るのは俺の役目じゃなくて四ツ谷さんの役だよ。イヤな役を押し付けちゃうけどね。それがバディってモンだから」
そう言うとミルクレープを倒さずに器用に食べる。酒飲みなのに甘党、将来が心配になる。
「それも仕事のうちです。好き嫌いで仕事はできませんから」
すっかり大人になった美希がチーズケーキにフォークを刺す。
「クリーム、溶けちゃうよ?」
小畠に言われていようやくショートケーキを食べる杏樹。
「美味しい?」
人畜無害な笑顔で杏樹に問いかける小畠。
「良くわからないです……」
「あはは!そりゃそうだよね!」
横目で見ていた美希がようやく一息つけた。先ほどの鬼神のような小畠ではなく、いつもの彼に戻っていたから。
「まぁだ引き摺ってんな?そんなに怒られたいなら怒ってしんぜよう!」
「は、はい!お願いします!」
姿勢を正す杏樹。
「スタゲ禁止!」
「へ?」
「深夜アニメ禁止!」
「へ、へ?」
「携帯ゲーム禁止!」
「ちょ、え?」
何のことを言われているのかわからない様子の杏樹。隣で苦笑いを浮かべる美希。
「1分間だけキツイ事をいうよ。時間は守るからしっかりと聞いて欲しい」
鬼のようなオーラではなく、兄のような雰囲気で話しかける。
「社会人になってまだ一週間足らず、自覚が無いのは当たり前だ。まだ重要な仕事もしてないしね。だからって仕事を舐めたらダメだ。ミステリーは簡単なようで重要な業務なんだ。フワフワとした気持ちではこの先もやっていけないぞ?」
「は、はい!」
「で、原因は『心ここに在らず!』目の前の仕事に集中すること!以上!」
「かしこまりました!ありがとうございます!」
薄らと涙を浮かべている。やっと安堵できたようだ。
「ミステリーって事は荷物全部持ってる?」
「先ほど会社に戻った時に持ってきました」
「それじゃあ今日は早いけどコレで帰ろう。ゆっくり休んで明日からも頼むよ!」
「はい!」
気持ちが入れ替わった杏樹は元気を取り戻した。三人はここで解散となった。
「小畠課長、改めてありがとうございました」
帰りがけに礼を言うため美希がついてきた。
「だからもう良いってば!」
「でも、このままでは……」
「そうだ!まだあの時のお礼してもらってなかったな」
「は、はい?」
「販促品の!メッセで貰ったヤツ!」
彼も美希もその後のコトも思い出してしまいそうだったが、二人とも必死に押さえ込む。
「そ、そう言えばまだ、でしたね。今回の事も併せてお礼させて下さい!」
「ありがとう!ビール飲みたいなあ!」
時刻は十七時前。いつもならまだデスクで格闘中だ。
「そ、それで良いのですか?」
「風が出たら寒くなりそうだから!早く!」
スタスタと小畠が歩き出す。慌てて後ろからついていく美希。
五分ほど歩くと川が見えてきた。川の両岸には桜並木。
「わぁ……!」
ライトアップもされた五分咲き程度の桜に感嘆の声を上げる美希。花見客を見越してチラホラ屋台が出ている。今日の販路は元・小畠の担当店。周辺の地理も頭に入っている。
「ご馳走様!」
「これくらいでそんな……」
屋台で買ったビールで乾杯をする。座れる場所は先客がいるため、町と町を繋げる橋の真ん中で飲み始める。橋の欄干がテーブル代わりになって丁度良い。
「ぷはー!仕事サボって呑むビールは最高だね!」
「背徳感、がありますね!」
「そういや本当にビール飲めるようになったんだね⁉︎」
「は、はい!喉越しを教えていただけたので!」
あなたへの当てつけでした、とは言えない。
「どうだった?初めてのご指摘?」
「こんなにも早く頂くとは思いませんでした」
「こう言う事は早めに覚えておく方が良い。俺みたいに歳とってからだとプライドが邪魔して学べないからね」
「そんな!小畠課長はまだまだお若いんですから!」
「褒めても酒しか出ないぞ!」
笑いながら返す。以前よりも砕けてきた気がする。それは彼が意地を張るのを少しずつ直しているからだろうか。
辺りが暗くなり始め、川面にライトアップされた桜が映る。橋の真ん中にいるのでこの景色は二人じめだ。
「とても幻想的でキレイですね!」
「満開も良いけど、俺はこれくらいが好きだな」
小畠は控えめなのが好きなのだろうか。桜は来週末辺りが見頃だろう。
「あっ、柏木さん帰っちゃったかな?」
「いかがされました?」
「こんなに早く片付いてサボっちゃったから、ダーツサークル始動しない?」
「わあ!賛成します!」
ふわり、と桜の香りを纏った春風が美希の頬を優しく撫でた。