#143 : 近所のおばちゃんがホテルで若い娘を口説いています。
近藤さんに四ツ谷との『お茶会』の詳細を告げる。
『アソコならちょうど良いや、その後に会食入ってるからそのまま向かえるよ。相変わらず気が利くねぇ?』
「いやいや、ただの偶然ですよ。それに近藤さんっていったらアソコかなって」
待ち合わせ場所は会社のある駅の反対側、商業施設が立ち並ぶ方にあるホテルのカフェラウンジ。その昔、俺が近藤さんから一課の課長になれと説得された場所でもあり、思い出の場所だ。
課長。ウチの会社ではそんなに重たい職位ではない。営業部に関してはリーダー、課長、次長、部長だ。今の営業部は統一して営業本部になったから本部長が部長兼任だけど。このまま行ったら田口が部長立ちするだろう。その時に俺が次長になれるか。過去に何度も闘って疲れっちまったけど、四ツ谷を見てたら負けてらんなくなってきたな。
人が立場を作る、なんて言うけど立場が人を作った例は俺だな。そうでもなければ俺は生き残れていなかった。未だに近藤さんに頭が上がらない。
そして早くも当日。十六時待ち合わせだが近藤さんは会合で遅れると連絡があったので、先に四ツ谷とお茶をしていた。内容はほぼ仕事の話しだが。
「誘っておいて遅れて悪いね。改めて近藤です」
「その節はありがとうございました!四ツ谷美希と申します!」
人をダメにする超高級ソファから立ち上がって挨拶をする。
「美希ティーか!可愛らしい名前だね!」
「早速イジらないでやって下さいよ。やっと二年生に進級したばかりなんですから」
大丈夫だとは思うがフォローしておこう。
「美希ティーはアイスティーかい。アタシも同じのもらおうかね」
同じの、と言うがいつものカフェなら500円でお釣りが来るが、ココではその三倍払わないと飲めない。その代わり喧騒やヤボな事は普通のカフェの三分の一、騒がしくなくて良い。リラックスして話せるし、周りを気にしながら話さなくても良い。オープンに密談ができる。
「いやなに、今日お呼びたてしたのはさ、四ツ谷さんの接客にいたく感銘を受けてね。色々調べたら小畠の所だってんで連絡したのさ」
「あ、ありがとうございます!知らなかったとは言え申し訳ございませんでした……」
「あはは!謝る事はないよ!経費で落とそうと思えば落とせるんだけどさ、四ツ谷さんから買ったモノだから手元で大事にしたくてね」
「そう言っていただけて嬉しいです!」
他所行きの顔をしていた四ツ谷が普段のような可愛らしい顔つきになってきた。近藤さんのすごい所はコレだ。大宮とも田口とも違う人身掌握。
こないだの飲み会だけ見たら大宮は金をばら撒き、腰巾着を増やしているだけのように見えるが、森の退職の時に俺を追い込んで副社長にまで報告したのに、認める時にはしっかりと認める。しかも個別に、さりげなく、だ。実にいやらしいが嫌いではない。
田口は以前の通り、ムチが99%、アメ0.1%の比率で人身掌握をする。そういやぁましろがなんか言ってたな。
『普段は優しい人が怒った時が一番怖い』
って。それ俺に言ってたのかな?まあ怒らないタチだけどさ。
「四ツ谷さんは販売職は長かったのかい?」
「就職して初めて働いたので、まだまだです」
「へぇ⁉︎それであんなにも売り込めるなんて大したもんだよ!」
「ありがとうございます……」
あんまり上げるモンだから照れちゃったじゃないか。
「小畠はどうなんだ?今期も獲ったんだろ?」
「私だけの力じゃないですよ。ここにいる四ツ谷も、一課、二課の協力のおかげをもってです」
「ったく相変わらずカタイねぇ!カタイのは——」
「そう言えば四ツ谷に聞きたい事が他にもあったのでは⁉︎」
四ツ谷の前でその言葉は話させないぞ!俺がお手つきしてしまったがまだ純粋なんだ!
「そう言うカンだけは良いんだから。そうだね。手っ取り早くだけど、ウチに来ないかい?」
「え?近藤さんのお宅にですか?」
直球過ぎて勘違いしちゃってんじゃん。
「あはは!部屋は余ってるからいつでも良いよ!小畠からある程度聞いてるとは思うが、私は以前、小畠と働いていたのさ」
「先輩から少しだけお伺いいたしました」
……そうか!先輩って和田だな!近藤さんとの件の詳細を知ってるのアイツくらいだからな!お礼を奮発してやろうと思ってたけどヤメだ!個人情報漏洩罪で沙埜ちゃんのトコ出禁だ!
「元は一つの部署だったんだけど、法人需要が高まったので課を増やして専任チームを作ったのさ。二課には元々次長だった田口って陰気なヤツが課長を兼任することになってたんだ」
グラスの水滴が流れてペーパーコースターを濡らす。シャンデリアの光が氷に反射して煌めいている。アイスティーを一口飲んで近藤さんは続ける。にしても四ツ谷の前で田口を陰気呼ばわりはいかがかと……。
「ポストが空いた一課の課長に小畠を推薦した。理由は今までウチの社にいないタイプだったから。賭けみたいなモンだよ。代償はアタシの異動さ。小畠に太鼓判押し付けてワタシはグループ会社へと『島流し』されたようなもんだけど、後悔はしちゃいない」
近藤さんは自分の進退を賭けて俺を推薦してくれた。それに応えようと必死だった。一年目こそ未達だったが、徹底的に要因分析をしまずは『負けない』ことから始めたなぁ。
「島流しとは言え専務様だ、仕事は山程あるし責任も重い。そろそろ年齢的にも体力的にも辛くてね。有能な右腕が欲しいんだよ」
そう言うと、今までお喋り好きな近所のおばちゃんのようだった近藤さんが、大物政治家のような威圧感に似たオーラを放つ。ブルっ、と思わず鳥肌が立つ。畏怖、とでも言うのだろうか?こんな近藤さんは初めて見る。