#142 : で、どうだった?
「地頭は悪くないと思いました。気になる点は言葉遣い、元気が無い、ネイルが派手、ストッキングを履かないとかですね」
別所のバディの四ツ谷、今回はニンジャも兼ねて細かい事も報告してもらう。井出は良く言うと大らか、悪く言えば適当なので、別所が井出の適当さに流されないか心配なのだ。
「ストッキングって履かないとダメなの?」
「社会人としてのマナーと言われております。私はずっと女子校でしたが、学校も素足を見せるのはマナー違反として叱られました」
「女の子って大変だねー」
ヤローにもネクタイと言った『どちらかと言うと男性が着用』しなければならないモノもあるが、仕事に付随する容姿への投資はせいぜい髪型と髭くらいのもんだ。タイピンとカフスは男ができるおしゃれの一つだから欠かさないが。
女の子はそれにプラスしてメイク用品、ヘアケア、ボディケアなど枚挙にいとまがない。ストッキングなんて見るからに破れやすそうだから、出費も嵩むだろうな。
「言葉遣いとかは火曜会みたいなのでフォローアップしようか?」
「大変ありがたいお言葉ですが、これ以上小畠課長に負担はかけられません!」
キリっとした四ツ谷は初めて見るな。お姉さんっぷりが早くも板についてきたかな?
「バディの間は勿論、独り立ちできるまでは一緒に改善してまいります。井出さんにもお願いしておきます」
「ありがとう。そうしてくれると正直、助かるよ」
今までの俺なら頼めなかったが、部下を動かすのも俺の仕事。枠も埋まったし新たなステージへと皆んなで登って行うこじゃないか。
「それと、元気が無いのは出勤前日に深夜放送のアニメを観ていたようでして……」
「もしかして、スタゲ?」
「そうです。小畠課長もお好きな」
してやったりってな顔をする四ツ谷。女の子ってホント急に成長するもんだよな。ん?なんで知ってんの?
「別所さんは初出勤で緊張して寝れなかったのかもね」
軽くフォローしたが、今日の俺が寝不足なのは間違いなくスタゲのせいだ。生憎と録画できる機材を持っていないので、リアタイで観るか和田から借りるかだ。自分で買わないってところがポイントだ。
「座学に影響が出ているように見受けられました」
「ちゃんと起きてた?」
「ギリギリのところでとどまっていました」
「まだ生活パターンに慣れてないかもだから、酷い時だけ注意しようか。続くようなら何で寝不足なのかの原因も聞いてもらえるかな?」
「かしこまりました。井出さんにも共有しておきます」
「あと、ネイルが派手だったって?」
「社内では特に問題ありませんが、ラウンドや応販時にご指摘を頂く可能性がございます」
「外出するようになったら大人しくさせようか」
「ご自身で塗っているとの事でしたので、そのように指導いたします」
手先器用なんだな。んーでアニメ好き?試しにやらせてみるか。
「店舗にさ、手書きPOPってあるじゃん?それやらせてみようか?」
「良いですね!製品知識やお勧めポイントも理解できそうですし!」
ジャスト・アイデアも時には必要。根拠は後付けで行こう。
「報告ありがとう。クニに頼んで新卒評価シート作ってもらうから、来週から項目に沿って確認していこう。それで忙しくなければ別所さん連れて週次に参加できるかな?」
「調整は可能です!大きなイベントもありませんし!」
決まりだな。『ここで何をしないといけないのか』を実践で見せてしまおう。論より証拠だ。
「それにしてもたった一日で随分と大人になったねぇ」
「そ、そんな……面映いです」
セクハラにならない程度で感想を述べたが、四ツ谷の成長は著しい。正直、俺の手元に置いておくよりか、もっと活躍できる場所の方が彼女のためにも良いのでないのだろうか……。っと忘れてた。
「近藤さんのお茶の件、忙しいところ申し訳ないけど週末で良いかな?」
「は、はい!大丈夫です!」
「予定は?」
「午前中は別所さんと座学、午後はミステリーしてもらおうかと」
ミステリーとは会社の関係者とわからないように販路や店舗に行き、自社や他社の調査を行う事だ。ミステリーと言っても関係者達には8割くらいはバレてるので意味がない。
「したら会社から少し離れたとこで待ち合わせようか?近藤さんのメンツもあるんでね」
「かしこまりました!詳細お待ちしております!」
外出するなら終わったらそのまま帰ろう。ジャズバーの下見もしないとだしな。久しぶりに葉巻吸いたい。
杏樹への評価はまだ不明だ。きっと美希も去年はあんなだったのだから。
(小畠さんのおかげでオトナになれたのです、って言ったらヘンに思われちゃうかしら……)
やっと以前のような関係に戻れたのに、不用意な言葉で空気を変えたくなかった。
(やっぱり、好き、です)
確信は無いが、彼への好意は健在だ。ただ、色々と経験を重ねたのでもう子供じみた言動は犯さない。背中を見られる側になったのだから。
美希の想いは今は封印している。小畠から誕生日のメッセージを受け取った日、幼かった自分と繋いでいた手を離した。恋に恋する美希とはお別れしたのだ。
(オトナ、かぁ。自覚はないけど、ね)
前とは違い、自分のデスクに戻るまでの道のりは軽やかだった。