#15 : ランナウェイ(アウトロ)
教えてもらったバスに乗り、駅へと向かう。
着拒は解除してくれた。意固地な心を少しは和らげられただろうか。
森の心中を察するに麻生への浮気(想っただけでナニもしていない)が露呈する事を恐れて、が一番の理由なのだろう。
パートナーがいても目移りくらい誰でもする。その後に行動するかしないかは本人次第だ。
…森は行動に移す前に消えてしまいたかったんだ。誰にも気づかれないうちに、美しく儚い思いのまま、あのパールの様に。
キッチリ一時間、電車内でモヤモヤさせられた。仮眠どころでは無い。カミングアウトなのだ。どう説明したものか。
「精神的・身体的に限界を感じ退職の準備をしており、引き継ぎ終了のタイミングで今日だったとの事です」
「なんだかキレイに纏められて腑に落ちないな。そんな予兆は見えなかったが?」
田口はコチラを見ずにポチポチとパソコンを打っている。相変わらず一本指打法だ。
「一昨日、田口さんに相談したが取り合ってもらえなかったとも」
「あんな戯言を聴いてやれと?営業は常に結果だ。自分の数字が報酬として返ってくる。自分の至らなさを他人のせいにしてるだけだ」
前言を正すと”見ていない”が正解だ。業務の仕事は長野に、厄介ごとは俺に振り、悠々自適にサラリーマンしているだけじゃ無いか。
「本部長が帰社したら本部長室に来るようにと。穴埋めの件も併せて責任を取ってもらうからな」
田口はそう言い捨てると、長野を捕まえてタバコを吸いに行った。また俺の悪評を広めるのだろう。虚しくないのだろうか。俺には理解が出来ない。
「失礼します」
「おう、戻ったか」
本部長の大宮は田口の後ろ盾、今では敵対する立ち位置にいる。大宮がポストを動かない限り、俺の昇進は無いだろう。
「首尾よく運んだのか?」
田口に説明した経緯をそのまま述べる。
「限界、ねぇ。二課でそんな負担がかかるような業務なんて無いと思うのだが、本当のところどうなんだ?」
田口と違って化かせない。悔しいが本部長たる言動が俺を威圧する。
「…一課で取り組んでいたメンバー間の定期ミーティングが二課では行われておらず、業務上の悩みや相談、事例共有等に行き詰まっていたようです」
森の本心は決して口外しない。あの想いが詰まったパールを無意味なモノにしてはならない。
「アレは田口が効率が悪いと排除したものだろう?有用なミーティングでは無く、傷の舐め合いだと。それよりも例の昇給で揉めて二課に異動した森なんだろう?こんな事も片付けられないのに一課を任せておいて大丈夫なのか?」
「私は目の前の仕事に取り組むだけです。上層部が適任では無いと判断されるのであれば従うまでです」
サラリーマンとはこんなモンだ。上から睨まれたら一生役職なんてつけない。良いようにコキ使われて閑職に追い込まれる。
森だって揉めて二課に出したんじゃない。本人の希望と俺の願いが込められている。
根回しが得意な田口と反発してから俺の出世街道は真っ暗だ。
「お前は前本部長からの推薦で課長になった。中途の中でも異例の出世だ。それから四年も経つのに全然成長が見られない。課長職如きで甘んじているように見受けられる。もっとがむしゃらに、泥臭くなれないのか?」
「私なりの精一杯で業務に当たっております。先程申し上げた通り判断に従うまでです」
「これは一度、役員会にて話さなければならなそうだ。ただ言われている仕事しか捌けない一課に今後の業績アップが見込めるかどうか、課長がお前で適任なのかも併せてな」
田口の野郎、俺が森の説得に行ってる間に何かやりやがったな。大宮が俺に追い込みをかけてくる。
「良く考え直す事だな。今日はもういい」
「失礼します」
音を立てないようにドアを閉める。
俺の心まで閉じられた気がして息苦しくなる。
麻生が担当出来るか確認をしなければ。