#140 : 和田先輩の同行
莉加から仲村への引継ぎが終わり、莉加は退職した。残りの引継ぎやら細かいことは和田が引き継ぐこととなった。
「改めて宜しくお願いしまス!」
「こちらこそ宜しくお願い致します」
小畠とは違う慇懃無礼を思わせるが、和田には慣れっこなので放置する。
「まずは販路を見てみましょうか」
通常業務は莉加から教わっているので、OJTを兼ねた実践へとシフトする。電車に乗り和田の取引先へと向かう。電車内で二人は無言だった。
「今日はご挨拶程度にしましょう」
取引先には和田がアポを切っているので、仲村は引継者として挨拶に伺う。取引先が集まっている地域なので三件回った。
大抵お決まりの文句で挨拶が終わる。営業はそこからが本領発揮だ。最近の景気、競合他社の情報を集め、流通を流したり止めたりして操作する。売れない店に大量の取引を持ってっても誰も買わないし、万が一の事があれば和田の会社が在庫を引っ被る可能性もある。
「和田さん、外だと別人みたいですね」
「そ、そうでスか?ボクはいつも通りなんだけどなぁ」
「それ、ボクって商談中言わなかったですよね?」
「小畠さんに散々怒られましたからね。社会人の言葉を覚えなさいって。まあ覚えてないですけど」
笑いながら話す和田は、行きと違って駅までの道は少し話が弾んだようだ。
「小畠課長って厳しいんですか?私の時は硬いイメージが強かったんですが、弊社の大井と話しているのを見たらそうでも無さそうな」
「ああ、またコレ言っちゃうな。ああ見えてあの人元ヤンなんでスよ」
「あんな温和そうなのに⁉︎」
焼き鳥屋で美希に話したことを仲村にも伝える。
「……人は見かけによらないって言いますが、小畠課長は絶対に見えないですよ。相当苦労されたんでしょうね」
「最終学歴が保育園っていってましたからね。よくそこからここまで来たもんでスよ」
「私も年齢が近いので、就職には苦労しました。今でも派遣社員です。所謂”学歴コンプレックス”ってのが強くて」
「ボクなんかお情けで卒業させてもらえましたし、内定取るまで何十社ってお断りされましたから。学歴なんてそんなに関係ないでスよ」
慰めるために言ったつもりだったが、仲村は顔には出さないが心中穏やかではなさそうだ。小畠に育てられただけあって、和田は空気を読むのが上手い。しかも険悪な時は特に。
「午後の座学まで少し時間があるので、メシにしませんか?会社の近くの居酒屋ランチが安くて美味しいんでスけど、いつも混んでて並ぶので」
「良いですね。お付き合い致します」
美希と杏樹のように華やかさとは無縁なコンビは、ポツポツと話しながら会社まで戻る。
「早めに来て正解でしたね!スグ座れまスよ!」
11時半が開店で、幾人か並んでいるが、いつもの比ではないので最後尾に二人して並ぶ。
「お魚食べれまスか?」
「嫌いではないですが、食べるのが面倒ですね」
苦笑いをしながら仲村が返す。
「唐揚げ定食も有名でスよ!」
「じゃあ私はそれにします」
店内は禁煙だが、仲村は煙草を吸わないようだ。
和田は食べるのが少し遅い。これでも早くなった方だが。小畠はTPOに合わせて食べることが大事だと和田に言い聞かせていた。会食、接待、先輩、後輩、女性……それぞれのペースに合わせて食べるように、と。仕事関係で食べる食事は仕事のうちなのだ。勿論、給与は発生しないが、金で買えない安心感が得られる。
それに比べて仲村は早食いだ。咀嚼も少なく飲み込んでいるようにも見える。人のことをどうこう言うのが好きではない和田ですら、品が無いと感じたほどだった。小畠の言葉を思い出す。食事はベッドの中の行為と一緒。食べ方を見ればどんな情事をするかがわかる、本当だろうか?
会計時に和田が仲村の分まで支払う。
「和田さん、流石にそれは……」
「経費で落とすんで大丈夫でスよ!」
とは言ったもののパワーランチは事前に申請が必要なので、和田が自腹を切ることになる。これは小畠が良くやっていた。いっぱしに和田も格好をつけた。アニメのDVDはまた延期になりそうだ。
「少し早いんで、コーヒーでも飲みまスか」
「ご馳走様でした。お供します」
十近く歳が離れている頼りなさそうな和田先輩に付き従う仲村。和田は周りが心配するよりもしっかりと『教育者』として育っていた。