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#139 : 四ツ谷先輩の憂鬱

「新卒ですか。まあ絡むことは無いでしょうがよろしく」

 長野は朝も夜もアンニュイだ。事実を言ったまでだが、初対面の社会人一年生にはキツい言い方だ。


「気を悪くしたらごめんなさい。長野リーダーはいつもああなので」

「いえ。私も絡みたくなかったので丁度良いです」

 明け透けにサラッと言う杏樹には怖いものは()()無いようだ。


「ああ、ようこそ!課は違えどお互い頑張りましょう!」

 一番まともな挨拶をしたのは吉岡だった。前回の表彰が効いたらしく、前よりも心なしか元気が戻ったような気がする。

 元泉、仲村、瑠海、神谷は外出したらしく、後は横山しかいなかった。


「あらあら!新卒さん?可愛いいわねぇ〜」

 ふわふわ〜としてはいるが、事務方の本領発揮をした時は、横山の半径3m以内に近づく事を禁止される。領収書がごちゃごちゃになるからだ。今日の午後からそうなると予想して朝から挨拶回りをしている。


 一課の帰社はまだのようなので社内案内へと向かう。執務室のドアを出て右に行くと手洗い、そのまま回れ右をすれば左手に執務室、右手にエレベーターホールとなる。その先にはいつもの給湯室。そしてその先に『資材置場』。美希の心がキュン、と鳴った。

「お手洗いは女性用が少ないから、我慢しない事をお勧めします。最悪の場合、一階の共同まで降りなければなりません」

「は、はい。ありがとうございます」


 一通り案内も終わったので美希のデスクへと戻る。杏樹の席はバディの美希の真横。杏樹の更に反対側へと、もう一人のバディである井手のデスクが移動した。軽いため息を吐いて杏樹がチェアに腰をかける。足元を見ると真新しいリクルートパンプスだった。


「とりあえずお疲れ様。足は痛くない?」

「く、靴擦れぇ〜」

 泣きそうな杏樹の踵を見ると擦れて水脹れになっている。

「我慢しないで言ってくれれば良いのに!」

「す、すみません」

 安堵感と恥ずかしさで赤くなる。美希はポーチから絆創膏を取り出し渡す。

「痛いところ貼っておいて下さいね。お家帰ったらちゃんと手当をする。それとストッキングを履きましょう」

「は、はぁい。蒸れるからイヤなんだよな」

 誰に伝えるワケでもない愚痴が杏樹の口を吐く。


「もしかて学校ってタイツでした⁈」

「わかります⁈ 25デニールでも校則違反で怒られました」

 杏樹も恐らく女子校出身なのだろう。女子校出身同士は話の流れから分かるようだ。林原も見分けるのが上手い。もちろんナンパするためだ。


「この後に一課の週次会議があるからその時にご挨拶しましょう。緊張してるかもだけど、最初が肝心だから元気よく挨拶しましょう!まずは役職者の方のお名前と顔を覚えましょう。いきなり全員を覚えるのは大変だしね」

「はい。ありがとうございます。営業の人ってもっとサボってるかと思ってたのに……」

「年度も変わったし、月曜だから一課の営業さんは大変なんです」

 デスクのカップホルダーから朝に淹れたミルクティーを飲む。営業は月曜に会議用の数字とネタを拾いに行く。委託しているラウンダー達にも依頼しているが手が間に合わない。なので月曜の午前中は会議まで一課はほぼ空っぽだ。


 美希のデスクから個装されたミルクティーを取り出し杏樹に渡す。

「お湯はウォーターサーバーか給湯室のお湯を使ってね」

「い、いただきます」

「サーバーのところにカップあるからね」

 ウォーターサーバー導入に社員は大喜びしたが、欲しい!と言った部署に一台ずつ押し付けて、その部署で使用した分を会社が徴収する仕組みであった。すなわち、飲んだ分だけ皆んなで平等に負担する。言っても月に500円程度なので、皆文句も言わずに払っている。


「え?会社の福利厚生では無いのですか?」

「私もここが初めてなのでわかりかねますが、他の会社さんだとそうみたいですね」

 美希の会社は基本的にケチくさい。小畠もサークルの件で部費が貰える、と頭の中で算盤を弾いたが、雀の涙ほどの金を貰って仕事を増やすのはイヤだった。どうせなら自腹で思い切り楽しもうと私的に設立した。


 サークルの件をふと思い出して聞いてみる。

「別所さん、趣味とかは?」

「と、特に大きな声で言えるような……」

 緊張もあるのだろう。優しく不安感をほぐそうといつもりよりゆっくりと語りかける。

「そのバッグチャーム、可愛いですね!」

「さ、最近流行ってるんです……」

 相変わらず元気が無いが、自己開示はしてくれそうだ。


「それは何なのですか?」

「転ゴムのアイナちゃんです」

 美希の家では基本的にテレビはつけられない。朝と夜のニュース、それも経済関連の番組が多く、美希の認識ではテレビとは小難しい話しをする家電製品として見ていた。先日の飲み会で和田が騒いでいたのか?


「ごめんなさい。詳しくは存じ上げませんわ」

「無理も無いです。女児向けなのに視聴者の90%は大きなお友達、さらにその96%が男性です。」

「ターゲットをたった10%しか得られないのはマーケティングとして大敗では……?」

「さる高貴なお方の命で放送が継続していると専らの噂です。故にスポンサーも付けておりません」


 このご時世で何とも漢気あふれるが、アニメの題材は転生ものの魔法幼女、しかもメインテーマはゴム跳びだ。人々の記憶から砂塵のように消え行くのは火を見るより明らかのに、放送開始と同時に全国へ爆発的に拡散され、地方局も放送する異例となった。ゴールデンタイムは3話で切られ深夜帯へと移動したが、それが功を奏しカルトな人気を博し伝説となった。それはまたの機会に。


「アニメ、がお好きなのですね?」

「漫画もMMOも好きです」

 最後の英単語はわからなかったが、構わず続ける。

「ずっと気になっていたんですけど」

 アニメの話から打ち切るように話題を変える。


「ネイル、とても綺麗ですね!」

「マットなパープルをベースに…エメラルドグリーンでライン引いて、小さい星とラメを入れました」

「えっ⁉︎杏樹ちゃんが自分でやったの⁈」

「そ、そうです。小物とか作るの好きで」

「すごい上手だね!今度私にも教えて下さい!」

「い、良いですよ……」


 時間は十一時半、いつもより早いが十三時から座学があるので早めにランチへ向かう。

「少し早いけどランチ行こ!食べたいものありますか?」

「と、特には」

 既視感(デジャヴ)……、ああ、小畠と和田に聞かれたことをそのままトレースしている。今思うと和田も小畠のマネだったのかもしれない。


 杏樹に気づかれないように和田のことをクスッと笑うと、春の陽射しが暑くなり始めたオフィス街を二人で歩き始めた。

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