#125 : ニンジャ、再び。
「おはよう!首尾よく終わったよ」
「おざっス!今年も達成っスね!連勝記録〜!」
「こんなこと言ったら不謹慎だけど、記録を更新すればするほど来年度がキツくなるのをお忘れなく…」
「そ、そうでした…。ノルマきっつー」
昨日の社内報告会の内容を和田に伝える。全部の内容を伝えてもわからないので、かいつまんで話しをする。
「と、言うわけで!」
「はいはい、やりますやります、やらせてください」
「さっすが和田君、言わずもがなだねぇ!場所は和田君が後輩と行った焼き鳥屋なんだけど」
「ブフッ!」
「ったねーなあ!花粉症?」
「い、いえ、なんでもないです。はい。あ、あそこでですか…?」
「俺も食べに行ったんだけど味は確かだね!田口さんも来るし食事に重点を置いたんだ。会費多目に払うのに元取れないってボヤいてたからさ」
「お、小畠さんも行かれたのですか?い、いつぐらいです?」
「あれー?いつだっけ?あ、道路の脇に固まった雪があったから大雪の後だね!」
「ブフェッ!」
「ったく、風邪じゃねーの?」
「だだだだいじょうびめす!」
「日本語でおけ。ほんで忙しいとこ悪いんだけど、二課の点呼取ってくれないかな?」
「えええ江口さんは⁉︎」
「ああ、先日お会いして参加だってさ」
「そ、そうですか…」
露骨にガッカリする和田。瑠海と話したかったんかな。ごめんね。
「会費はかなり抑えめで。年度明けにすぐに祝賀会やらキック・オフ、新卒歓迎会で経費使うから、今年使わなかった経費持ってかれちゃったよ…」
「パワーランチや会食もやってませんでしたしねぇ」
「本部長にこの後お伺い立ててくるから、どっちにしても軍資金はそこそこ集まるぞよ」
「台所事情も厳しいうえ、夏のボーナスまでまだ遠く…。この件、拙者にお任せござらぬか!」
「和田屋よ、そちもワルよのう」
「お代官様こそ…」
斜め向かいの事務の女性が汚物を見るような目で見てくるのでそろそろ仕事に戻る。
「あ、出欠席ついでに集金しといてね!」
「ちょ、あ、ズリーよぉー!」
立ってるモンは和田でも使え。死んだ婆ちゃんの言葉。まだピンピンしとるけど。
っと、忘れるところだった!
「後さ、コレは個人の頼みでついでで良いんだ。暇だったらで良いから見つけたら買っておいてくれないか?勿論、お礼は弾むからさ」
左手を掲げ風のように去り、和田の業務端末に雑誌名と発売日を送る。
「んーじゃあーよろしくー♪」
朝から上機嫌な俺は、テンションを少しずつ下げながら会社の奥へ進む。
「失礼します」
「おう。昨日はご苦労だったな。副社長も買っていたぞ」
「滅相もございません。部下の、営業、ラウンダー、事務…」
「わーったわーった!真面目なお前が関係者読み上げてたら地球が滅亡する!」
珍しく上機嫌な大宮。役員席で副社長に構われていたからな。あの後も盛り上がったのだろう。もう近藤さんのやり方は古いんだろうな。
「ところで本日はですね、ささやからながらお疲れ会を一課と二課合同でやろうかと思いまして」
「四月になれば嫌と言うほど飲むのにか?」
「新しい人間が入ってくれば、先輩だって気を使います。今いるメンバーでささやかながら労いとお祝い、勝利の美酒に酔いたく存じます」
「お前はそういうところの機転は効くんだよなぁ…。良いだろう、人数、場所、費用の概算を出せ」
「恐れながらコチラにまとめてございます」
「酒のこととなるとお前ってヤツは!」
「ちゃんと自宅で作成しておりますから!」
呆れた顔でペライチにまとめた企画者もどきを渡す。サラサラっと読みながら、気になるところは前後の文脈や言葉から想像し、深く掘り下げるタイプだな。
「…この人数でこの値段なら問題ないだろ。稟議書上げろよ」
「ありがとうございます!」
「普段のお前もこれくらい貪欲ならなぁ〜」
苦笑いし捨て台詞の言葉が気になったが、振り返ったら負けだ。進める時にドンドンと進む。
「ただいま戻りました!」
『お帰りやさーい』
ちょ、いま一人だけお帰りおヤサイになってたぞ!食べながらお喋りは行儀が悪い。
声の主は四ツ谷だった。渡りに船とはこのこと。
「お帰りなさい。もうご存知だと思うけど、営業本部は見事達成できたよ。ひとえに皆んなのおかげだ。改めて御礼を」
深々と四ツ谷に頭を下げる。
「ちょちょっと課長!頭を上げてください!」
おっと。前に森の退職抑止の時もやっちまったな。
「実はね、近藤さんの接客の優良事例を会議で全国展開したんだ。普段から心がけている四ツ谷さんの取り組みとかをね。そしたら副社長が全事業所で即時に取り入れろってさ!四ツ谷さんのおかげだよ。ありがとう」
「わ、私は任務を全うするのみです!烏滸がましく思います…」
「昨日の報告会の中で、色々企画考えたから楽しみしてて!あ、それとさ?」
「は、はい?」
「一課と二課でプチお祝い会をすることになってさ、忙しいところ申し訳ないのだが、一課の出欠席の取りまとめをお願いできるかな?エクセルとかでなくて手書きでも良いから!」
「そ、それくらいならワケありませんが…」
「ホント?ありがとう!助かるなぁ〜♪」
「さ、左様ですか⁉︎他にもあれば…」
「じゃあさ、出来たらついでに会費も回収したおいてね!」
「は、はい!承ります!」
こう言う仕事は丸投げできるのに、緊張感が少しでもある仕事は任せられない。信用と信頼ってヤツね。
『ヴヴッ…』
『昨日はお付き合いいただきありがとうございました!小畠さんに話せて肩の荷が降りたようです。彼女の負担にならないよう、コレからも見守っていきます!ストーカーじゃないですよ笑』
丸さんから昨日の御礼が届く。ご馳走になったのだから俺が送るべきだが、丸さんと別れた後に速攻で返した。こう言うことはスピード命。恩は遠くから返せともいうし、銘菓でも送っておこう。
内藤さん…。幸が薄い、影がある、伏し目がちで目を合わせず、自己主張をあまりしない。それだけで世の男共の目がハートにかわるだろう。昨日のキッカケで内藤さんに社内からメールしようかと思ったけど、公私混同はダメだ。せっかくの丸さんからの賛辞を後世にも引き継がなければ。
日差しが暖かいランチタイム、少しヒマになってきた俺は社内で喰うか外に行くか迷っていた。コンビニ行った和田に頼めばよかったかな?このところアイツを使いすぎない気もする。
考えあぐねていると、血相を変え目には涙を、額から迸る汗と鼻水を撒き散らして和田が俺のところへ文字通りスッ飛んでくる。手にしているのは薄い紙袋。ははあ。
「お、小畠さん!こ、コレ!なんで僕が買いに行かなくちゃ行けないんですか⁉︎」
「や、ちょうど発売日だったし」
「僕の薄い本に関しては達観しているので何も感じません。息をするかの如く戦利品を手にします。ですが、コレは女性に作られた女性がそう言うことに興味が湧いて購入してアタフタ…」
和田には刺激が強すぎたかな。しかも昼メシついでに買いに行かせたから、コンビニにいるお客さんの視線は和田が持つあの雑誌に釘付けだろう。和田の右手には形が潰れたおにぎりがギュッと握られている。歯が折れそうだな。