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#121 : 憧れのツルゲーネフ

 新卒のバディを誰にするか。順番的に四ツ谷が良いと思うが本人の意見もあるし、近藤さんの話もあるしな。今のところ言われた仕事をこなすことはできても、自分から何かを生み出したわけではない。


 別所さん?は理系のようで経済もいける、堅そうなのにユルイ空気が漂う。事故るタイプだな…。四ツ谷じゃ荷が重いかなぁ?


(わたくし)がですか⁉︎」

「導入研修の後、応販とラウンドをレクチャーしてくれないかな?」

「同行、でしょうか?」

「そうだね。基本的なオリエンテーションまでは人事がやってくれるけど、営業本部、一課、販路や店舗には独自のルールがあるからそれらをOJT(現任訓練)しながら研修して欲しい」

「上手く務まるかどうか心配です…」

「そうだよね。不安だよね。心配していることは何かな?」


「そうですね…社会人マナーは良いとして、引き継ぎの情報を覚えられるか…。A坂路の主任はアニメ好き、C店の主任は休憩中に必ず甘いコーヒーを召し上がる、Y店長はお車が好きなので車種やパーツに詳しくならないと…」

「ちょちょちょ、そんなとこまで抑えてんの⁉︎」

「共通のお話ができるのは商談の基本ではないですか!」


 近藤さんが言うだけあったな。まさかこんなにも考えてラウンドしていたなんて。

 ラウンダーはサボりやすい職種だ。自分のペースで仕事がしやすいぶん、堕落的なヤツは甘えに負けてサボってしまう。自分で自分を律することができる人間には面白い職種だと思う。


「小畠課長の火曜会の件もありましたし…」

「や、あれが役に立ってくれているならありがたいな」

 本来は麻生との研修の予定だったが、事故を懸念した俺がブレーキとして強制参加させた火曜会。そうだ。


「麻生さんが退職されるじゃない?火曜会なんだけど…」

「そうですね…。私もバディの一人としてそこまで時間が作れるか」

 まさか新卒交えて四人でやるわけにもいかんしなあ。取り敢えずは麻生メインで考えるか。


「じゃ、バディの件は頼むよ」

「か、かしこまりました!」

「火曜会は四ツ谷さんと新卒二人の様子を見て検討しよう。それとこの前の近藤さん、お茶でもいかがって話だけど、いつ位が良いかな?」

「え?は、はい…」

 フット・イン・ザ・ドア。最初に簡単な要求を飲ませ、次は更に大きな要求をして飲ませていくアレだ。今回はバディ任命の方が大きいから逆だけど。


「四月あたり落ち着いた時点でどうかな?勿論、勤務時間で構わないから」

「は、はあ。先方様よりお話頂ければいつでも合わせますので」

 おし。最終確認取ったり。後はセッティングだな。いつものカフェは俺のオアシスが近藤さんにバレるからやめよう。


 仕事以外でもわちゃわちゃしている年度末。数字の方は達成見込みだし特に踏ん張ることも無い。何か楽している気分になるが、その分皆んなが頑張ってくれている。遊んでばかりはいられない。

 が、俺ができることも限られている。合同飲み会の店でも探しておくか。なお君の所も沙埜ちゃんのお店も遠慮したい。ああ、和田も行ってたみたいだしあの焼き鳥屋が良いんではないか?時期的にシーズンだから抑えておくか。




 ———仕事の会話しかしていないが、バレンタインよりかは前に進んでいる。

 莉加が退職する事で火曜会も無くなり、小畠に会う時間が減ってしまうように思われたが、後輩のお世話係を任命された。美希自身もそうであったように、後輩の育成と指導を行い、報告する。話をするキッカケはいくらでもある。先日の接客もそうだ。


(確か気さくな方だったような)

 和田と飲んだ日の話を少し思い出す。酔いもあったが、しっかり聞いておけば良かったと後悔する。


 ふと、久しぶりに話すわりには冷静な自分に気づく。あれ程焦がれた胸はもう灼かれない。憧れと恋愛の境界線を垣間見た、そんな気持ちだった。恋が人を狂わせるのか、美希が恋に溺れていたのか、超えてはいけないその線を見誤った。もう同じ過ちはしない。憧れだとしても好きな人の負担になりたくない。献身的な和田に(ほだ)されたせいか、以前の様に笑えるようになった自分がいた。

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