#120 : 選び抜かれた戦士
「失礼します」
ガッチガチに緊張した面持ちで入ってくる新卒さん。黒縁メガネと黒いリクルートスーツ、イメージは理系かな?
「別所 杏樹です。営業部を志望致しました。宜しくお願い致します」
この見た目で営業とな?いや、見た目で判断してならない。麻生のような幼怪がいるんだ。俺なら家が傾いても貢ぐだろう。
「本日は志望部署ごとの説明会です。各部署から説明がありますので、質問がある方は説明後に挙手を願います。では、企画開発部より…」
「で、あるからにして、企画というものは、かの、有名な…」
長い。眠い。つまらん。これでよく企画やってんな。新卒も欠伸を噛み殺しているようだ。
「営業本部の大宮です。業務は極めて簡潔に言いますと数字を作り、会社に利益貢献すること。その為に日々努力を怠らない。自分で決めた目標を諦めない、部が一丸となって大きく成長し続ける、この三点を一緒に…」
それらしい事を言っているが、数字を作れなかった時を思い出すと今でも寒気がする。
「おう、あの営業志望どうだ?」
どうっていわれても、なんかドジっ子っぽいし、何故に営業部志望なのかな?聞いておくか。
「営業一課の小畠と申します。志望動機をお聞かせいただけますか?」
「はい、ありがとうございます!」
でた。大学でマナー講師が叩き込むアレ。質問に対してまず『ありがとうございます』と言え。こちとらご馳走様だってんだい。
「労働経済学でしたが、ミクロにより興味を持ちまして…」
和田がいたならどう表現するのだろうか。センター分けのツインお下げ、黒縁メガネ、ミ、ミクロ?
横から大宮が口を挟む。
「分野は?」
「価格、ゲーム、契約の三分野です」
「主軸かぁ…。それなら企画や開発の方が良いのではないか?」
俺には何を言っているのかわからねーが、難しいってことってのだけは理解できるぜ。
「企画も念頭にありましたが、実際に製品が出来上がり、販売に至るまでやきもきしてしまいそうでして…。」
「そうですな。開発は出来映えも売上も背負いますからな」
どんなに良い出来でも売れなければ不良在庫だ。
「別所さんは、営業に対してどのようなイメージをお持ちですか?難しい言葉でなくても良いです」
「え、と…製品を売込み、実績を作り、売上に貢献、事業拡大、等と考えております」
目がギラギラしてる。捻り出したって感じだな。こんだけ答えられりゃ大丈夫かな。ちょっとあがり症っぽいからバディには気をつけないとな。
「良いか?では、改めてオリテーションの日程をお送りします。お忙しい中ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
新卒って良いねぇ。近藤さんの言葉を思い出す。
「大丈夫そうか?」
「様子見てからですが、年が近い者と離れている者とで見させます。変に染まるとアレですので」
「なんだ、自分のことわかってるじゃないか!」
バンッ!と背中を叩かれる。なんだ⁉︎やけにご機嫌じゃないか。今年は営業本部は達成見込みだけどさぁ。
にしても俺がヘンに染まっている…?近藤さんに育てられたんじゃそうもなるか。
…田口も、大宮も、近藤さんのことがあったから一課へのアタリがキツいのか?
いや、そんな子供じみたことを仕事に持ち込まない。悔しいが二人ともプロだ。俺が至らないせいなのだ。けど、もう無理な我慢をするのはやめよう。美徳と履き違えるなだ。無理な時は無理と言おう。




