表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/252

#119 :サボリーマン三杯目にはそっと頼む

「アレ?飲みたりなかったですか?」

 いつものコがびっくりした目で見てくる。そりゃこんな短時間で二回も店に来てるんだ、下手したらストーカーに間違えられかねない。


「急遽面談になってね。お邪魔させてもらうよ」

「そうだったんですね!とにかくお元気そうで安心しました!」

 四ツ谷と夜を過ごした後に瑠海から糾弾され、何が正しいのかわからなくなり、四ツ谷からのメッセージをどう返したらいいか悩んで逃げ出したっけ。あの時よりかはマシな顔つきになっただろうか。腑抜けてるのは変わらないがね。


「あと一時間でラストですけど、ごゆっくりしていって下さいね!」

「ありがとうね。いただきます」

 この一、二時間で三杯もコーヒーを飲んでいる。昼はお返し行脚して抜いていたし、オヤツタイムも週次会議だったので腹ペコだ。コーヒーで胃袋が満たされていく。


 まだ熱いコーヒーを飲みながら麻生を待つ。この人を待っている時間、本来なら仕事したり効率的に有用するのだろうが、俺は何もしない。ただ、過ぎていく時間に耳を傾ける。感傷に浸るのは悪いクセなのだろうか。


「お待たせして申し訳ございません…!」

 まだ寒いのか、少し着膨れした麻生が慌てて席までやってくる。

「夜分までお疲れ様です。お時間大丈夫ですか?」

「ありがとう、ございます。だ、大丈夫です」

「それでしたら休まれてはどうですか?」

「そ、そうさせて頂きます」

 荷物を置いてカウンターへと向かう。何飲むんだろう。


「お待たせいたしました」

 珍しくアイスティーを飲んでいる。こりゃ雨が降るぞ。…いかん、フラグを立てたらいかん。


 アイスティーを何口か飲んで少し落ち着いたようだ。

「遅くにお呼び立てして申し訳ありません。先日のお礼をと思いまして」

 紙袋をテーブル越しにそっと渡す。少し戸惑っているようだ。

「わざわざありがとうございます。お礼なんて…」

 もらっていいものか考えているようだ。そうか。もうこの会社を辞めるのに受け取って良いものか考えているのだな。


「私の心許りのお返しです。どうかお気になさらずに」

 要らない、ってんなら俺が喰う。多分涙の味がするだろうな。

「ありがとうございます!うれしいです!」

 おっ、良かった。受け取ってくれるようだ。後は中身だが…。


「え…わぁ!ステキ!青い鳥が月に向かって羽ばたいてる!」

「こう見えても羊羹なんです。フルーツとかナッツを使用しておりますが、アレルギーとか大丈夫でしたか?」

「これは…”Fly Me To The Moon”?羊羹もフルーツも大好きなので大丈夫です!食べるのもったいないです!」

 か、可愛いぞっ!瑠海もあまり素を見せないが、麻生のコレは反則通り越して禁じ手だ!俺が何人も崩壊していく!


 あの大きな()に星がキラキラと舞い散り、月へ向かう青い鳥を見つめている。その瞳に俺が吸い込まれていく。ものスゴい破壊力だ。思わず見惚れてしまう。


「ありがとうございます!大切にします!」

「お気持ちは大変うれしいのですが、生物ですのでお早めにお召し上がり下さい」

「そ、そうですね…。ああ、食べてしまうのがもったいないです!」

 相当に喜んでくれている。良かった!貴女の数億倍ウレシイ俺がここにいますよ。


「ジャズ、お好きなんですか?」

 先程曲名を言っていた。確かにソレを模した羊羹だが、この構図からわかるモンか?

「以前テレビで見かけたのですが、予約が殺到して買えなかったのです。忘れてしまっていましたけど、やっと()()()()()()

 多分、俺もそのクチだ。だからお返しリストに無いのに勢いで買ってしまった。麻生の笑顔を思い浮かべながら。瑠海に感謝をする。お返しは…ちゅ、ちゅーしたんだから良いだろう。もっとも向こうにしたら大したことでは無いのだろうけど。


「ジャズはたまに聴く、くらいで大きな声で好きですとは言えないです」

 それでもちゃんと覚えているなんて記憶力も良いのだな。お、俺も記憶力良いよ?

「私も聴く専門で詳しくないですが、聴きにいくのは好きですね」

「ジャズをお聴きになるなんて大人な趣味をお持ちなんですね」

 タバコは辞めたがたまに葉巻を吸う。ニコチンよりかは香りと時間を()む。マリアージュを探すのが楽しいのだ。

 そんな店では大抵がジャズを流す。知ってる曲も有れば知らない曲もある。コッソリとスマホのアシスタントに曲名検索させているのは内緒だ。


「葉巻ですか!素敵なご趣味ですね」

「年寄りくさいとバカにされ、知ったかぶるなと罵られる、面倒な世界ですよ」

「今度、連れて行っていただけませんか?」

「はい?」

 俺の聞き間違いか?麻生が、あの麻生が俺とジャズを聞きたいだと…⁉︎


「あ、あの、ジャズをちゃんと聴きたいな、と思いまして…。小畠さんの素敵なお時間を邪魔してはいけませんね」

「行きましょう」

「はい?」

「ジャズ、聴きに行きましょう」

 …即答してしまった。いくら麻生が退社するとは言え、後先考えずに口が反応した。俺の脊髄反射は遅いらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ