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#118 : 記憶の中で探したもの

「カスタマーから連絡があってね」

 近藤さんも製品を購入して下さったから、お客様であることには変わりはない。

「ご、ご指摘でしょうか?」

「うんにゃあ、お褒めのお言葉を頂いたのさ」

 安心させるようにゆっくりととぼけた調子で話す。四ツ谷も胸を撫で下ろしている。お、大きいから目のやり場に困る動きだ。


「製品知識に長けており、自社の製品だけでなく、competitor(競合他社)の製品も熟知し、顧客のニーズを引き出した上で、敢えて他社製品を勧められた」

 四ツ谷の目がキョロキョロしている。何度も接客していたらおぼろげにしか覚えていないよな。


「本来であれば自社の製品の売込みをすべきだが、特筆するのは”私の状況”を一緒に考え、最適な解を提案してくれた。それは他社の製品だった」

「ああっ!その方って…!」

 おっ、思い出したかな?


「個人的にはどちらでも良かったが、正直に話しをしてくれたことが決定打となった。最後にオマケまでつけてくれたし、自社の製品に誇りを持ちながら、顧客に寄り添う姿に感銘を受けた、との事だよ」

 近藤さんからの話の内容をそれらしくまとめる。事実を組み立てたのでウソではない。


「思い出しました!その方、女性の方ですが、ラウンドしていた店舗でお声がけいただいて、私がご対応させていただきました!確か…ちょうど一月位前ですね!」

 頭の中でカレンダーを開く。一月前と言うと…あ、雪の時だ。ゾンビになりかけていた時だ。そう言えば——


「確かさ、火曜日?に俺のところに来た日、かな?」

 明るかった四ツ谷の顔に一緒だけ陰りが刺す。舌の先に塩を一粒だけ乗せた程度の変化だが、見逃さなかった。そうだ。瑠海に言われた言葉がぐるぐると渦巻いて、自分の意思もなしに四ツ谷を拒絶してしまった日だ。何てこった。しっかり地雷を踏んでしまった。


「そ、その日です!応販で培った知識と接客で、自社と他社の説明から、このお客様にはウチではなく他社の方が良いと判断し、ご案内させていただきました」

 真面目な四ツ谷らしいな。俺が応販していた時はゴリ押ししかしなかったからな。


「その方から直接、俺のところに連絡が来てね」

「ええっ!小畠課長に直にですか⁉︎」

 担当営業を飛び越して課長に直に連絡が行く、普通なら穏やかではない。褒められたと言うのに顔色が悪くなる四ツ谷。そろそろネタバレしないと可哀想だな。


「その方は俺の元上司なんだ。大宮さんの前任の本部長」

「あ、あの方が、前ほ、本部長…⁉︎」

「びっくりした?俺も今日電話きてびっくりしたよ!」

「こ、近藤、さん?」

「へぇっ!名前知ってたんだ!」

 近藤さんは有名人なのだな。俺が言わなくても他の誰かが歴史を語り継いでくれるだろう。勿論、俺も追従する。


「しゃ、社内の…せ、先輩からお伺いいたしました!」

 伝説を作り上げた人は後世に名を残す。本人が居なくても。四ツ谷は先輩と上手くやっているのか。和田も後輩と飲んだって言ってたし、成長したなぁ。

 最近の若いモンはなんだかんだ言われるが、俺達の時代になぞらえようとするから穿った目で見てしまう。俺達が口出ししなければならない部分もあるが、気づきと知識を手にすれば自主自立できるのだ。


「その近藤さんがね、四ツ谷さんをいたくお気に入りで、グループ会社で水平展開も兼ねて、今度話がしたいと来たんだよ。俺も同席するから、三人でお茶しながらどうかな?」

「身に余る光栄です…!私なんてまだまだ至らない点が多くて…」

「近藤さんに会って至らない点があるか聞いてみると良い。俺だってダメ出ししかされないんだけど、出来るかな?」

 少し恐怖に顔を引き攣らせているが大丈夫かな。


「直接会って接客したならわかるだろうけど、あのまんまの人だから怖いことは何もないよ。保証する」

「小畠課長、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん?どぞ?」

「小畠課長は、そのお方を尊敬されておりますか?」

「勿論!俺の恩人だよ!あの人がいなかったら今の俺は存在していない。サラリーマン生活の原点さ」


 そう話したら安心したのか、承諾をもらえた。後は三人のスケジュールを調整しますか。


 四ツ谷は渡した紙袋を大事そうに抱え、駅へと帰っていった。俺は楽しい残業だよん。

 会社まで後少し。そんな時——


『ティロン♪』

 メッセージが届きましたよ。四ツ谷かな?


『業務時間外に失礼いたします。商談が長引いてしまい、これから帰社致しますが、小畠課長はまだご在席でしょうか?』

 麻生だ。時計は二十時なろうとしている。お子さん大丈夫かなぁ?


『遅くまでお疲れ様です。まだ残っていますので大丈夫ですが、ご家庭の方は大丈夫でしょうか?』

『お気遣いありがとうございます。息子は塾ですので大丈夫です』

 ドキ、とする。彼女はシングルなんだ。忘れてはいけない。


 繁忙期なだけあって社内にはまだ人が残っている。このままだと気まずいから外で話すか。定例会の資料は持ち帰りで済まそう。

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