#117 : ごめんねって言えない
週次会議が終わりに近づいた頃、四ツ谷から連絡が来た。
『遅くなり申し訳ございません。今から帰社しますので三十分ほどで着きます。お待たせして申し訳ありません』
こっちも終わりそうだしな。いつものカフェで待ち合わせて、近藤さんの話を切り出してみるか。
『遅くまでお疲れ様です。それでしたら、いつもの研修会場にてお待ちしております』
ちょうど散会となるので、上着と紅茶のセットを持って外へ出る。この追い込み時期に悠長なことをしているな。
「こんばんは!今日は遅いですね?」
「やあ。いつもなら帰る時間だからね」
彼女の名前も知らないが、お互い顔を覚えて他愛もない話しをする仲だ。彼女は大体俺の行動が掴めてきているようだ。
「お待ちどうさまです!ごゆっくり!」
「ありがとう。いただきます」
いつものコーヒー。俺の心のオアシス。色んな時間をここで過ごしてきたな。愚痴を聞いたり、慰めたり、励ましたり。研修したり、仲直りしたり、別れを確信したり…。
今日は初めてのことだ。グループ会社に行かないか?とは直に言えないからな。現状までの振り返りと今後のことを聞いておくか。
十分もしたら四ツ谷が慌てながらやって来た。
「お、お待たせして、も、申し訳、ありま…」
「お疲れ様。そんな急がなくても良いのに!」
肩で息をしてる四ツ谷。彼女が走ったなら…やめなさい。
「この調子じゃ今日はアイスかな?」
「はい!そうします!」
荷物を置いてカウンターへと向かう。なんか、普通にできてる、かな?
「お疲れ様です」
「忙しいところ呼び出してごめんね。本当なら金曜日に渡そうと思ってたんだけど、なんせ当日に買ったから間に合わなくて。遅れてしまったけど」
「あ、ありがとうございます!嬉しいです!」
紙袋を受け取りキラッキラした目で見つめ礼を言う。ふむ。か、可愛いではないか。こほん。
「あ、開けてみても、いいでしょうか…?」
「もちろん。お気に召したらいいのだけれど」
「絶対気に入ります!気に入った私をご覧に入れます!」
中身も見てないのにスゴい意気込みだ。仕事の関係とは言え、上司からの贈り物をこんなにも喜んで受け取る、愛社精神に溢れているなぁ。話しを切り出し辛いぞ。
「わぁ…!」
四ツ谷のキラッキラした目は、宝物を見つけた子供のような目をしていた。
「お、小畠課長、こんなにもステキな物を良いのですか?」
「喜んで貰えたようで良かったよ。カップはセットだからお母さんとご一緒に」
「お気遣いまでしていただいて…ありがとうございます!大切に致します!」
あの目、やはり集めていたな?コレクションが増えたって顔をしていたぞ。
「まぁ、その、ちゃんと話すの久しぶりだね」
瑠海に忠告され、保身から四ツ谷を避けてたクセに良く言うな。このクズヤロウが。あの日に沙埜ちゃんに会えなかったら、今こうして向き合えなかっただろう。たった一言、あの時はごめんね。四ツ谷にそう言えたなら——。
「小畠課長もお忙しそうでしたし」
忘れたいが為に無鉄砲に生きてきただけだ。正直記憶があやふやなところがある。
「今日は最近どうかなってのも兼ねてお話出来たらなと」
平静を装いコーヒーを口にする。
「最近、ですか?特に変わったことは…」
この様子だと近藤さんに気づいていないようだ。わかりっこないか。自分が入社した時にはグループ会社の専務だもの。
「変わらない日常でも変化はあったりするだろう?」
「そうですね…、ラウンド時に効率を考えて巡回するようになりました。スケジュールは月初めに組んで、月間ラウンド数の規定以上は巡回できるように工夫しております」
俺でさえ一週間ごとに組んでたのに、月初めに予定を立ててそれを遂行する、思ったより能力あるんじゃないのか?
「良い工夫の仕方だね。ラウンダーはミニマムの数字を追いかけたり、目先の仕事になりがちだけど、一ヶ月分のスケジュールを組んで、管理し、実行する、なかなかできることじゃないよ」
「あ、ありがとうございます!面映いです…」
「どんなスケジュールの立て方してるの?」
部下の立ち回りを参考にさせてもらう上司。業績を伸ばすためなら堂々と教えを請う。
「まず、tierが高い店舗から先に埋めて行きます。例えば巡回数が月に8回であれば、先に埋めてしまいます。次にその店舗だけのイベント、販売応援等をあて、tierが低い店舗を埋めていきます」
ティアを意識して動いているのか。tierは普通IT業界や、工場などで使用される言葉だが、ウチの会社では『お得意様度』を図る指標として使っている。
tier1なら第一優先、月に最低でも8回の巡回、そのままtier2が6回、tier3は4回と続く。tier4以下は月1巡回の店舗、となる。雑な言い方をすれば、tierが高いほど売上見込みが出来る店舗、低い場合は期待値も低いと言うことだ。
「正直に。仕事、楽しめてるかな?」
「…悩むこともありましたが、今は楽しいです!」
まさか悩ませたのは俺のせいじゃないだろうな…。地雷だとわかっていてもツッコミを入れる。四ツ谷が望んでいるなら、白黒つけよう。望んでいないなら、このまま流してしまおう。
「差し支えなければ、その、悩みって?」
「あ、あの、ですね。無知である事に気がつかなかったのです。私の思い込みで仕事をしてしまい、自暴自棄になりました。い、今はもう大丈夫です!」
慌てて心配するなアピールをする。思い込み?気になるがこれ以上はツッコまない。四ツ谷は俺との事に触れなかったのだから。
「もう大丈夫なら良かった。相談できる人とかいる?」
「はい!」
お、良かった。どんな悩みであれ新卒が一人で抱えるには辛いことの方が多いだろう。その悩みのタネの一つが俺、と言うのも遠回しに把握した。
コーヒーを飲み終えてしまったのでおかわりを取りに行く。
「あっと、時間大丈夫?」
「はい!大丈夫です!」
時計は十九時になる。もう一杯飲んで、近藤さんの話し切り出しますか。




