#116 : 相容れぬ二人
『プルルッ、プルルッ』
珍しくデスクの内線が鳴る。内線番号を見ると…大宮だ!
「小畠です」
『おう。さっき寄ったら居なかったからな。もう大丈夫か?』
「お気遣い恐れいります。大丈夫です」
『どうだ。順調か?』
「お陰様でこのまま達成見込みです」
『そうか。よくまとめてくれた。このまま頼むぞ』
「ありがとうございます。尽力致します」
はて?激励するためにわざわざ内線かけてきたんか?そんなに優しい人だったけかな。そりゃ本部長だもの、売上は気になるだろうけど…。
『その分なら問題無さそうだな。木曜に入社説明会を行う。午後から同席して一課の人選と事業説明をしてくれ』
そう来たか。去年の本社営業本部の新卒入社は二人。二課は新卒を蹴ったため四ツ谷は一課に、もう一人は営業ではなく総務に配属となった。
今年も二課は新卒を受け入れない。それは枠が無いのもある。一課は一枠欠員したままだ。とは言えまた新卒か…。俺が直接面倒を見るわけでは無いが、指導育成にあたる者の負担にならなければ良いのだが。
「かしこまりました。予定表に反映させておきます」
『おう。頼むぞ』
フックを指で押し下げて通話を切る。受話器で切るとガチャ切りと捉えられかねない。こんなとこでもクセが出る。
すぐさま手帳を確認する。木曜の午後…、特に問題無さそうだ。Webの予定表を開き反映させる。
近藤さんから電話があった時、席を外しておいて良かった。俺の口調から大宮は近藤さんと電話をしていることに気づくだろう。その後にこんな話しはしづらいし、相手が近藤さんとわかれば心中穏やかではないだろう。
近藤さんも大宮もイケイケの体育会系、叩き上げとはこの人達のためにあるような言葉だ。近藤さんがグループ会社に行き、その後釜に大宮が営業企画部から営業本部に異動、今に至る。
俺が入った頃からバチバチしてたけど、近藤さんの方が一枚も二枚も上手だった。飄々としながら搦手を使い、誰も言い返せなくなる数字を積み上げ、大宮は散々煮湯を飲まされてきた。所謂『水と油』、相容れない関係だ。
近藤さんはその搦手を良く『忍者』と呼んでいた。実際に人を使うのだが、どこの誰だかわからない。その手腕ぶりに本当に忍者なのではと噂にもなった。探りを入れるのに和田を利用しようとしたのは近藤さんのパクりだが、そうは上手くいかないモンだ。
そんな近藤さんのことを大宮は心良く思っていないだろう。目の上のタンコブが取れてせいせいしているんじゃないか?
時刻は早くも十一時。提出期限に報告書を送ってこない部下に催促のメールを送る。煽ったところで遅れている事実は変わらないが、万が一忘れていた時のリマインダーも兼ねる。
『さーせん!スグ送ります!』
返事だけは良いが期日や命令を守らない、守れない。組織の一員としてよろしくない。信頼はしているが信用はしていない。冷たくて聞こえるかもだが、ビジネスの世界、いや、人として『絶対に大丈夫』は無いのだ。
更に残念なことに、その考えを恋愛にまで引き摺っている俺がいる。皆んな信頼できても、心のどこかで信用していない冷めた俺がいる。俺に言い寄ってくれる人がいても信じ切ることができない。もうわからないんだ。好きって気持ちが。
相容れないのは近藤さんと大宮でなく、俺と俺の心だ。
『ティロン♪』
携帯に目をやるとメッセージは四ツ谷からだった。
『お疲れ様です。わざわざご用意いただいてありがとうございます。巡回が終わりましたら帰社いたします。もし、先にご帰宅されるようでしたら、ご連絡頂けますと幸甚に存じます』
人のことは言えないがカタイなぁ。俺のせいか。外回り組やラウンダー達のお返しは戻り次第随時、で良いか。対面で戴いたのだから対面でお返ししたいのは俺の我を通すようだけど。昼メシの時間でお返し行脚といきますか。
「毎年悪いね。カズさんと言ったらバウムだよ」
総務のボスは歳下だが敬語混じりのタメ語で話す。目つきが悪いと本人は気にしているが、ツリ目って猫みたいで可愛いのに。猫に近いのは麻生の目だな。黒目がちで子猫のようだ。
「やっぱりコレですよー!」
笑いながらアップルパイを受け取る企画部の理学部出身。
「コレの元ネタ知ってて渡す、センスヤバ過ぎ!」
企画に理学部…。製品開発に回されるならともかく、適材適所がなっていないような気もするが、このコは根が明るいのでどこでもやっていけそうだ。
「あらー!ここのお煎餅好きなのよー!小畠課長ったら私のことなんでも知ってるのねー!」
「ははっ…。あ、お子さん大学決まったって?」
「そんな話までご存じなのね!ウフフ」
横目で舐めるように俺を品定めする。背筋にオカンが走る。母親ではない方だ。
「よ、良かったらご家族で食べて下さい」
「ウフフ。いただくわぁ」
こ、怖い…。
それぞれに手渡しでお返しをする。私事なので休憩時間に、と思ったが、コレじゃメシ喰う時間ないな。改めて瑠海に感謝する。体調戻ったかな。




