#115 : 思い出に添えるなら
『カズ坊、生きてたか?』
「ご無沙汰してます!」
電話を持ったまま椅子の上で背筋を伸ばす。俺の恩師、近藤さんだ。
『相変わらずカタいことやってんのか?』
「お陰様でなんとか!」
近藤さんの苦笑いが目に浮かぶ。我ながらアホな返事をしたな。
『それなら問題無さそうだ!なに、年度末だからどうなってるか気になってね』
近藤さんは元・上司で俺の恩人だ。中途面接の時に俺にハンコを押してくれた。そして自分がグループ会社に異動する事と引き換えに俺を課長職にしてくれた。
『ところで。カズ坊の販路にスゴいのラウンドさせてんだろ?』
「スゴいの?誰です?」
『すっとぼけんなよ!おっぱいデッカいコだよ!』
コレさえ無ければ。創業時からの叩き上げ、社長を呼び捨てにして笑いモンに出来るのはこの人くらいだ。
『おっぱいちゃんはカズ坊のところだろ?』
「おっ、おっ…!」
って社内なのを忘れそうだった!釣られて言葉にしたら、事務のコに変態さん認定されてしまう。
「も、もう少し恥じらいとか…」
『はは!相変わらずお堅いのも良くわかったよ!カタイのはシタだけで良いってのに!』
この”お姉様”にはあの大宮ですら敵わない。定年にはまだあるが、体育会系は健在だ。大宮が敵わないのだから、田口はもっとだ。下にいる時からやりずらそうだったし、俺ばかり可愛がられていたような気もする。
さて、おっぱいちゃんでラウンダー…?あっ!四ツ谷か!おっぱいで思い出す俺もなんだけど!
「恐らくですが、一課の四ツ谷と言う者かと」
『下げてたIDがウチの会社だったからチョッカイ出したんだよ。冷やかしさね!そしたらこの私に買わせたんだ!大したモンだよ!』
「近藤さんに⁉︎知らないとは言え申し訳ありません」
『自分の会社のモン買って申し訳なくなんて思うかい!それよかあのコどうだい?もう手をつけたのか?』
対面で話をしていたらバレていただろう。幸い電話で顔色は確認できないし、痛むくらいに鳴った心臓の音はマイクに拾われなかったようだ。
「朝っぱらからナニ言ってんスか。新卒ですよ?」
『良いね!新卒って響きが唆るじゃあないか!』
「オッさんみたいな言い方やめて下さい」
『すまんすまん。ほんじゃあ率直に。あのコを手放す気は無いか?』
近藤さんの言葉の意味がわからなくてフリーズした。
「へ?て、手放す?退職、ですか?」
『違う違う。話を飛躍するな。私の下で育てる気は無いかってことさね。おっぱいは育っちまっているようだけどな!』
声を聞かなかったら変態親父の言葉だ。
『まあ聞きな。異動したとは言え私の一言であのお嬢ちゃんを呼び寄せるのは簡単だ。ここまで言うのにも理由がある』
「そ、その理由とは…?」
周りに人は少ないが、週明けの忙しい朝からカメレオンのように顔色が変わる俺を見て、領収書と格闘している事務のコが怪訝な表情をして俺を見ている。小銭入れをケツポケに入れて給湯室へと向かう。
『理由?おっぱいが大きいから!わはは!』
ったく。コレが無かったら最高に尊敬できるのになあ。
『冗談だよ。あのコの接客は大したモンだ。カマかけた店の兄ちゃんは気づいてないようだったがね』
「確かに社内でも定評ありますが…」
真面目な四ツ谷は真面目に仕事をこなす。その当たり前ができないヤツの方が実際は多い。即戦力であり育て甲斐もあって、容姿端麗なら欲しいわな。
『こっから先は他言無用。小畠と見込んで話すんだ、もし漏れたら…』
「だ、大丈夫ですって!今も人祓いしましたから!」
『相変わらず気が利くね。助かるよ』
「いえ。して、四ツ谷が必要な理由とは?」
『アメリカに支社を作る。出来上がるまでは国内で、創立後に現地に行って欲しいのさ』
「えっ?アメリカに⁉︎」
『他言無用だよ。機密漏洩、インサイダー、私だって共謀でしょっ引かれる』
何てこった。近藤さんの異動先の業績が好調なのは聞いていたが、ここまでとは…!
『私だってイヤイヤ専務を引き受けたが、実績はしっかり作ったよ。その成果、本社へのお土産さ』
「…さすが近藤さんです」
俺は田口や大宮に言われたくらいでヘコんだだけで、何か残せたのだろうか。いや、次元が違うし比べたらダメだ。だけど、敵いもしない近藤さんをライバル視してしまう。所謂”焚きつけられる”ってヤツだ。
『カズ坊だけじゃ難しいのは理解してるよ。大宮にも言い聞かせないとね。それと本人にその気があるかも重要だよ』
「お気遣いありがとうございます。自分は命令に従うだけですが、四ツ谷は入ったばかりで今後の事を話し合うのは少し先に、と思っておりました。四月辺り、三人でお茶しませんか?その時に本人からも返答できるように、今のうちに打診しておきたいのですが」
いきなりアメリカ来ないか?って言われてはいそうですか、とは行かないよな。お母さんのこともあるし。
『構わないが、くれぐれも他言無用に願うよ』
「四ツ谷も私と同じですので大丈夫ですよ」
それじゃ、と電話を切る。久しぶりに連絡来たと思ったらおっ、おっぱいちゃんって…。
ネタバレしないように四ツ谷に聞いてみますか。
一応、何事も無かったように振る舞っているが、アレ以来ちゃんと話していない。
そうか。今日渡すんだしホワイトデーに託ければいいか。我ながら名案だ。気に入ってくれれば良いのだけれど。麻生は昨日連絡したから取りに来るだろう。受け取ってくれるかな、羊羹。