#113 : 海と空と君のこと。
外へ出ると潮風が舞った。海まで近いようだ。
「この辺だと…海浜公園、その先のモール、駅の周辺くらいかしら?」
「天気も良いし公園行かない?」
最高のホワイトデーにする!と意気込んだのは良いが、何ともフワフワとしたスタートになったな。天気が良すぎて日中は汗をかきそうなくらいだ。堪らずジャケットを脱ぐ。もう春だなあ。
瑠海はベージュのワンピに薄紫のカーディガンを肩がけにし、少し太めのヒールを履いている。コンサバって言うんだっけ?オフィスにいたら派手だけどアパレル系ならアリだな。スタイルも顔立ちも良いから、立っているだけでサマになる。このまま海を背景に撮影したくなる。瀬名さんにカメラのこと教わろうかな?
「足、痛くならない?」
「貴方のそう言うところが良くもあり、悩みの種でもあるのよね」
「ん?」
「ありがとう。大丈夫よ」
やれやれといった様子の瑠海を横目に公園へと向かう。
「うわぁ…!」
五分ほど歩くと公園の敷地となる。柵の向こうは大海原が広がっている。日差しを受けて水面がキラキラと反射し、空にはまばらに浮かぶ雲。春もまだなのに夏を感じる。昼前だというのにビールが飲みたくなる。
海を右手にゆっくりと散策する。芝生で走り回る大型犬と足元にじゃれつく小型犬。鳩を追いかける子供、太極拳サークル、ギターを弾くジイさん、ベンチにとまるカモメ。都会の喧騒から離れ、ここだけのんびりとした時間が流れている。最近忙しかったから特にそう感じる。
公園内なのに車が停まっている。アレは…。普段はビール飲むくらいだけど、デートなら良いよね。甘くないし瑠海も食べられるだろう。
「ちょっと待ってて!」
小走りにキッチン・カーへ向かう。
「ホットドックとビールを二つずつお願いします!」
こんな最高のロケーションでガマンできるかってんだ。
「お待ち〜!」
「朝から?」
「今日は休みだし、デートなんだから!」
「貴方の格好は仕事をサボってる営業にしか見えないわよ」
「そりゃスーツだしね。あ、あそこのベンチ空いてる!」
瑠海へのお返しなのに俺がはしゃいでしまっているな。
カバンからウェット・ティッシュを取り出す。
「はい、コレ使って?」
「ありがとう。いつも持ち歩いているの?」
「大抵は。心配性なんだ」
バッグ・イン・バッグを取り出し中身だけ見せる。
「私ですら持ち歩かない物がある。貴方って何を求めているワケ?」
「んー、不便だなぁと思った時にスグ解決したいって考えてたら、いつの間にか増えてた」
必要に迫られて、を繰り返したらアイテムが増えただけだ。
「まずは…おはようってことで!」
プラカップで乾杯する。潮風と飲むビールもまたオツなもんで美味い!
「休みの日はいつもこうなの?」
「うんにゃあ、朝からは流石に…」
「私も人のこと言えないけど、お酒が入ってない時なんてあるのかしら」
「そりゃお互い様だね!」
なんだか瑠海がとても身近に感じる。つい最近まで高嶺の花で緊張してたのに。
サクッと平らげてモールへとぷらぷら向かう。
モール、とは言ってもスーパーをメインに専門店が並んでいる商業施設だ。アテもなく店を眺める。
「この柄は派手かしら?」
淡いブルーのストールには、薄く花の絵が描いてある。
「色が落ち着いているからそんなに派手じゃないよ?」
率直に意見する。あ、買い物してる時は意見言ったらダメなんだっけ?
ホワイトデーのお返しに、と思ったがそこまで気に入った様子ではないようだ。
女性専用の下着売場…。ここは男子禁制だ。瑠海がつけてるのは高そうだったな。どっかの国じゃお返しに下着送るんだっけか?サイズも好みも知らないし、まだ聞いて良い間柄ではない。
「残念だけど取り扱いが無いわ」
横目で見てたのがバレたらしい。変な目で見てなかったかな?
ペットコーナーへと足を運ぶ。先週のトレースのようだ。瑠海は何が好きなんだろう?
「煩くない動物が良い」
あっ、察しました。鳴くのお好きではないのですね。
「強いて言うなら猫かしら。四六時中ベタベタされるのは好きではない」
「瑠海がまんま猫っぽい件について?」
「そう言われても私の自然体よ。猫になりたくて取っている言動ではないわ」
そらそうだわな。しかしお返しに生き物はちょいとなぁ。何が良いのやら。
途中でコーヒーブレイクを挟む。
「ここまででチョコのお礼ができそうにないことが判明したのだが」
「私が欲しいと願ったかしら?」
「戴いたらお返しをする。当然じゃないか」
「私が感情的に言い過ぎてしまった罪滅ぼしよ。貴方はちゃんと向き合う努力をしてくれた。だから渡す事ができたのよ。それに対して返礼は不要だわ」
デカフェのソイラテを優雅に飲む姿は、ここだけ日本では無い錯覚に陥るほど眩しかった。
「そんなこと言わないでさあ。欲しいもの無いん?」
「…私が欲しいのは貴方だけよ」
「ブフッ!」
コーヒー吹いたわ。隣のカップルがチラ見している。瑠海さんは人の目を気にしないで言いたいこと言うから。
「私は嘘を言わない。約束したはずよ?」
「そりゃありがたいけどさ…」
俺にどうしろと?付き合うのか?俺と瑠海で?んー、俺には勿体ない別嬪だ。もっと良いヤツいるだろうに。
「なんだって俺なのさ?」
率直に聞いてみる。
「…言わなきゃわからないのかしら?」
瑠海が手のひらを上に向け、人差し指でクイクイと呼ぶ。耳を貸せってこと?テーブル越しに瑠海に近づく。
——不意に、瑠海の唇が俺の唇に重なる。
「おしゃべりな人は苦手よ」
く、口封じってか?隣のカップルの方が照れてしまっている。本当に大胆なんだから!一呼吸置いて恥ずかしくなる。
「も、もう飲んだ?行こう!」
そそくさとテーブルを片付ける。下を向いているが顔が真っ赤だ。こんなにも目立つ女性なのに、人の目を気にしないってスゴいな。いつもこんな風に素直になってくれればもっと良いのに。