#111 : 言わずもがな
「…待たせてしまったわ」
シルクの上下のパジャマ姿の瑠海は、ピンクの色も相まって可愛らしさが前面に出ている。大きめのくるみボタンがさらに愛らしさを際立たせる。
「あ、あまり見ないで…」
自信家の瑠海から身を捩られながら怒られる。
「ご、ごめん。なんか雰囲気違うね?」
「寝る時はパジャマを着るでしょう?」
「俺は部屋着のまま寝るからな。短パンにTシャツ、冬はスウェット」
「男性はそうなのかしら…」
いや、育ちですよ。ヤローでも寝る時にパジャマに着替えるヤツはちゃんといる。俺が不精なだけだ。
そうだ。体調悪いんだから寝かせないと。そのために来たんだから。部屋まで来るつもりは無かったけど。
「休まなくて平気なの?」
「大分落ち着いたわ。ありがとう」
「礼には及びませぬ」
酸味よりも苦味が強いコーヒーを一口飲む。お湯割と聞いたが中々に美味いじゃないか。
「ベ、ベッドは向こうなの」
寝室は別なんですね。一度そう言う関係になったとは言え、あんだけ怒られて反省はしたが成長しきれてない俺は、瑠海と同衾することに幾許かの抵抗がある。
瑠海が怒ってくれた気持ち、教えてくれたこと、考えさせられたこと。俺がちゃんと理解し、体現してこそ認めて貰える。そう信じてアレからはストイックにしている。飲みには行くがな。あ、沙埜ちゃんとホテル行って、ましろのハダカも見てしまいました。ごめんなさい。今は瑠海の体調が一番、早く寝かせよう。
『カチャ…』
キッチンを横目にリビングを出て、一つ目のドアを開ける。ドアの隙間から瑠海の香りがふわっと踊り出る。いつものよりかライトに感じるな?
「同じ香りのルームフレグランスよ」
電気を点けながら瑠海が教えてくれた。良い香りだ。
部屋のほぼ中心にフレーム・ベッドが置いてある。サイズはダブルだが、目を引くのは大きさだけではない。洗練されたフォルム、重厚なウッドから気品が漂うモダンなシルエット、寝るための家具なのに芸術性さえ感じる。一人で寝るには大きすぎやしないかね。
ベッドの上に目を引くものがもう一つ。この部屋に似つかわしくない、クタクタになった大きい枕?みいぐるみにしては装飾も顔も何もない。あんなに青冷めていた顔を真っ赤にして、慌ててソレを抱き寄せる。
「これは私が生まれたときに作ってくれたTopponcinoなの」
おくるみとか、ぬいぐるみとかずっと手放せないのってあるよな。なんだか今日の瑠海は可愛さに溢れていて微笑ましい。
ベッドサイドのランプを点ける。俺のジャケットとYシャツをハンガーにかける。ネクタイはマリさんのお店でとっくに外してある。ズボンがシワになってしまうが、瑠海のためなら喜んでシワだらけになろう。
「消すわね」
部屋の電気を消灯すると、ボワっとベッドサイドが明るくなる。
言わずもがなでベッドに入る。お、お邪魔します…。左手は瑠海の枕となるので、先に用意して待ち構える。
「あのね、今日は、その」
左手を伸ばして待っている俺を見ながら、もじもじとしている。可愛いなぁ。
「…俺のせいでもあるんだ。買う時間があったのに飲んだくれて忘れてた。前回の穴埋めと、ホワイトデーのお返しにと思って誘ったんだ。事前に用意していればこんなにはならなかった」
この状況でましろのことを伝えるのは自殺行為だ。ここまで来て他の女の話はタブーだろ。
「私は誘ってもらえて嬉しかったわ。突然とは言え何も用意していなかった私もいけなかったの」
「瑠海が?何の?」
「そ、それは、その…」
っと、タクシーで気づいたんだから詮索はよそう。この手のハナシは価値観が違うと相手を傷つけかねない。男には無い苦しみ。毎月大変だよな。
「おいで」
「…うん」
スッと背中からベッドに入る。俺のベッドがセミダブルだから、ダブルは30センチ程大きい。瑠海との距離が遠く離れている感じがしてもどかしい。ちょこん、と頭を乗せ、俺の方に振り向く。
「ありがとう。理解してくれて」
「こちらこそ付き合ってくれてありがとう」
右手で瑠海の頭を包み、子供をあやすようになでなでする。不思議な安らぎ…。気を許した俺は酔いの残りもあり、そのまま寝落ちしてしまった。