#108 : 素直になれなくて
「これで…全部と」
全てのお返しをキャビネとロッカーにしまい込む。私的な利用は違反だが社内で完結させれば良い。上手いこと切り抜けろだ。
「小畠課長は引く手数多ですわね」
「や、やめてくれよ…」
手伝わせた瑠海が皮肉交じりにツッコむ。
一課も二課ももう誰もいないが、なんだかんだで気になるのは小心者だからか。デパートでは強気だったくせに。最後になってしまったが——。
「手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「とんでもないことです。小畠課長のためなら」
「だから、やめてくれよう…」
他所行きの顔で詰る瑠海。あれか?ツンデレってヤツか?デレたとこ見たことないぞ?いや”ちゃんと見ていない”が正しいのかもな。
「お疲れしたー、お先でーす」
『お疲れ様でーす!』
コンクール近いんかな?いつにも増して見事だったな。瑠海さん効果もあるか。
二十時近くなったエレベーターはもう混んでいなかった。
「で、どうする?」
「決めてないの?」
「買うことに力使い果たしてしまって…」
「暫く会わないうちに鈍ったんじゃない?」
うむ、我ながらポンコツだ。瑠海とだといつもなお君のところだしな。あ、雪の日の後から顔出してないな。なお君には沙埜ちゃんと飲み行ったのは知られてるだろうし…。
「奈央には昨日会ったわ」
早くも救いが一つ潰された。今からなら沙埜ちゃんの店でも良いが。そうだ、ちゃんと聞いておかねば。
「嫌いなものってあったっけ?」
「…優柔不断」
痛ゥー!効きましたよ、瑠海さん!そうですよね!お嫌いでしたよね!最初からちゃんと好き嫌いを聞いておかないワタクシめが悪うございました!
「甘いものは苦手よ。少しで良い」
「陸軍少佐をストレートで飲むのに⁉︎」
「お酒は別だし、あれはハーブよ」
ううむ、一つしかわからなかったし、食事に直接関係無いぞ。質問を変えなきゃダメだ。
「や、焼き鳥、食べられる?」
「沙埜と行ったところかしら?」
痛ゥーッ‼︎流石にご存じでしたか!二発目は更に痛みますよ!何でこんなにも意地悪するかなぁー!
「…他の人には事前に準備するのに、私には何一つしてくれないのね」
フイ、とわざとらしく横を向く。妬いてる…?そうか、瑠海はヤキモチ妬いてるのか。やっと電話かけてきたと思ったらパシリにされて、しかも自分のお返しはまだ考えていない、オマケにお礼を視野に入れずにパシリにしたなんて言われたら、誰だって気持ちは良くないだろう。
「…ごめん。甘えるつもりじゃなかったんだけど、頼れるのが瑠海しかいなくて」
「普段からそうすれば良いのよ。意地張らないで出来る人に頼む。素直じゃないのね?」
正しくその通りで瑠海の言い分は大正解だ。俺が弱みを他人に見せられない、人に頼れなのは真実だ。素直、か。意識はしていたんだけどまだ足りていないんだな。
「まあ良いわ。貴方ばかりを責められない」
「へ?他に何かやらかした?」
「気にしないで。私のことよ」
瑠海はオープンなのにミステリアスだ。手が届きそうかと思うと、いつのまにか距離が離れてしまう。獅子のように誰にも媚びない。その雰囲気と見た目が相まって妖艶さに拍車がかかる。
「今日はマリさんのところが良い」
少し拗ねてるような言い方に破顔一笑する。自分だって素直じゃないじゃないか。こう言うところは可愛いな。
そうとあらば白馬をとっ捕まえる。女王様に荷物持ちをさせ、更に歩かせるワケには行かぬ。
「好きなもの、無いの?」
運転手さんに場所を告げて向かう。車内に瑠海の香りがゆったりと漂う。
「食べ物で嫌いなものは無い」
流れていく景色に目をやりながら瑠海が答える。好き嫌い無いのか?
「じゃあ好きなものは?」
「…貴方よ」
俺に向き合って堂々と言い放つ。思わず息を飲む。大胆なところは相変わらずですね。運転手さんの方が気まずいだろうに。
大した距離じゃないのでスグにお店へ着き、大した金額じゃないお釣りをチップで渡す。
「ルミー!こんなに早い時間に来るなんて雪が降る!」
「やめてマリさん。私は雪女じゃないわ」
チラリと俺を見る。うっ、意識しないって言ったのに!
今日は沙埜ちゃんが居ないからテキーラコースは無いだろう。時間もまだ二十時過ぎ、これなら終電で帰れるな。
流石に年度末、忙しさにやられてしまうが、こうやって飲みの時間を確保出来るのはありがたい事だ。感謝を込めて三人のグラスを合わせる。美味い。ビールは喉越し!