#107 : 楽しいお買い物
バレンタインのお礼を買い忘れていた。
ヤバい。本当に忘れていた。
火曜会もお休みの今日なら買いに行けたのに。
ホワイトデー当日は土曜日だから今週中に、と思っていたのに酒飲み過ぎでボケてしまっているな。
気づいたところでもう火曜日も終わる。コンビニとかスーパーでも売っているが流石に戴き物と格好が釣り合わない。こりゃ土曜日に買いに行くしか無いな。遅れてごめんなさいって月曜に渡すか。やっちまった。
今年戴いたおチョコ様は31個。年齢に近くなってきたのは嬉しいやら複雑だ。学生の時でも二桁いくかいかないかだったのに社会人、それも課長職になってから途端に増えた。社交辞令は不要だ、と言ってるクセに貰うモンは貰う、ちゃっかり八兵衛とは俺のこと。その分お返しもしっかり対応させて頂きます。
毎年変わらずにお渡しするものが決まっている人が何人かいる。
総務のボスは元ヤンなのでバームクーヘン、企画開発の新卒二年目は理学部出身なのでアップルパイ、経理部の”お姉様”はお煎餅などなど…。
今年は四ツ谷の紅茶が仲間入りだな。チョコは手作りだったけど自作かな?それなりのお紅茶じゃないと失礼だよな。
瑠海は…、わからん。少佐の酒を飲むくらいだ、甘いものは嫌いじゃ無いと思うが、瑠海も飲むと食べないタイプなので特別にコレが好き!と言うのは知らない。ましろともっと早く会っていたら興味を持って聞けたのに、と悔やまれる。
アレ?瑠海がいなければ四ツ谷とも、沙埜ちゃんともこんな関係に発展していないのでは?と言う事は瑠海と関係が無かったらましろにも会っていない?
キッカケはどこだ?思い出せない。当事者が俺じゃ無かった、とかだったらウケるな。いくらなんでも踊らされすぎだろうよ。
瑠海にはそれとなく聞き出すか。スグにバレるだろうけど。四ツ谷はお母様と楽しめるティーセット。麻生…は、和風で攻めてみるか。純文学好きだしな。後は売り場見てから決めよう。さて、荷物持ちはと——。
「…やっと連絡してきたと思ったら、お返し買うのに付き合わされるとはね」
瑠海との穴埋めも兼ねて、金曜の夜に会うことにした。お返しは直接本人に聞く。
「閉店まで二時間も無い!頼む!」
エクセルでまとめておいたリストを渡す。
「このデパートにあるお店と品物、購入数のリストだ!支払いはこのカードを使ってくれ!」
とっておきのゴールドカードを渡す。うん、見栄だ。ポイント還元率悪いし、年会費高いだけの見栄カード。次の更新で退会しよ。
まずはバームクーヘン!小分けになった可愛いのじゃなく一枚の大輪!ヤンキーは見栄えも大事なのだ!お次はアップルパイ!3.14を円周率に変換してシャレで送ったら毎年恒例になった!経理部の”お姉様”は老舗の小分け煎餅!お子様が一人暮らししたから小分けで!小分けは家族でHappy!お買い物むっちゃ楽しい!
店内をリスト通りに埋めていく。事前にHPで売り場をマップ化し、進むルートを作ってあるので無駄足は運ばない。ちゃんと家で作ったぞう。
四ツ谷には紅茶とカップのセットを。多分、蒐集家と見た。きっと腐るほどのコレクションがあるはずだ。
麻生には和風のものをと思ったのだが、好きか嫌いかわからないので少し変わった羊羹にする。
『私を月へ連れて行って』と歌うジャズのスタンダードナンバーを模したこの羊羹は、青い鳥が満月へと旅立つ姿が羊羹の中に描かれている。予約しても数ヶ月待ちだってのに、店頭販売で手に入るとはな。
俺はそろそろリストが埋まる。瑠海は大丈夫だろうか。
「こんなに持たせるなんて…」
罰ゲームみたいに両手で紙袋を下げている。笑ったら怒られるだろうけど、こんな瑠海は初めて見るかもだ。
「いったいいくつ貰ったの?」
「さ、31個…」
「もう良い。胸焼けしそう。って、全部食べたの⁉︎」
「うん…、後は、瑠海のだけ」
「王子様のお口には合わなかったかしら?」
「いや、勿体無くてさ…。イタリア行かないと食べれないだろう?」
「日本でも買えるわよ?」
へ?あんなにガマンしたのに?
「日本にも出店したのよ。そうじゃなきゃ私も買えないもの」
そりゃそうだ。そのためにわざわざイタリアから買わんでもって話だよな。
「で、私の分は終わったけど、どうするの?コレ」
二人合わせたらスゴい量になる。確かに多いな。要冷蔵でもないから社内のキャビネとロッカーに仕舞い込んでくるか。
瑠海を連れて会社へと戻る。前までの俺なら考えられない行動だが、瑠海に対して不思議な安心感があった。俺とのプライベートを他言しない、と言う安心感が。しかも今日の格好なら何も怪しまれないだろう。怪しまれてももう気にしない。起こってしまったことには強気なのだな。俺は。