#106 : 潜伏スキル・ゼロ
「小畠さん!お疲れっス!」
「生き返ったか。まさかアレルギーだったとはな」
「突発性でボクも驚きました!」
バレンタインの日に中毒を起こして幻覚見てたからな。回復したようで良かった。
「最近どうよ?」
「ちゃんと師匠に習って勤勉してまス!」
「そりゃあ良かった。アタリはあった?」
「美味しい焼き鳥屋がありまして!」
「ちょ、それデパート通りのとこ一本入った裏道の?」
「さ、最近できた、炭火焼きの…」
「やるなー!あんな穴場知ってるなんて!」
「あ、あざス!」
俺は沙埜ちゃん経由で知ったからデカいことは言えないが、和田の成長が嬉しくて肩をバンバンと叩く。あかん、パワハラや。
「さすが小畠さんっスねー!情報早すぎて草生えます」
「あの店は飲めなくても食べに行くべきだね」
「ボクなんかそのタチですよ」
和田も酒が飲めないがその分、飲み会では食に走る。一課は飲めない人も参加しやすいように店選びは食に重点を置く。酔いたきゃ二次会に行け、我ながら良く言ったモンだ。
「その調子じゃ飲み会らしい会なんてしてないだろう?」
「江口さんも莉加っちも歓迎会してないですし、森さんの送迎会も」
んー、そのメンバーは全員当事者が来ないような気もするけどなぁ…。
ん?待てよ?
「最近ご無沙汰なのに良い店知ってるじゃん?」
「あああの、ここ、後輩と、行きまして!」
「おお!後輩と飲んでるのか!成長したなぁ〜!」
またもバンバンと肩を叩く。あかん。訴えられる。なんだ。二課は二課内でうまくやってるのか。なら余計な心配はいらないかな?
「和田君さ、一課・二課と合同で飲み会やる、ってなったら、皆んな来るかな?」
「んー、田口さんは無いけど、本部長開催なら来ますね」
「だよね?じゃあ、本部長に音頭取ってもらうにはどうしたら良いかな?」
「いやいや、ボクはムリですから!小畠さんの方が役職近いし!」
チッ、察しやがったな。田口を超えて大宮までは和田には無理か。仕方ない、違う作戦で行くか。
礼を告げてデスクに戻る。大宮懐柔作戦はどうしようかね。そうだ、田口経由でお願いすれば良いんだ。一課・二課で今期の振り返りと、来期に向けての決起会とすれば問題ない。そして田口から大宮を誘ってもらう。大宮も名前が上がった以上、可否の連絡はしなければならない。参加なら多めに会費を、不参加ならその分のお小遣いをくれる、ナイスじゃないか!
来たら来たで面倒だが、支払い時には頼もしい。来ないなら気楽な会になってお小遣いも貰える。俺も仕事で頭下げるのはあんなにもプライドが邪魔をするのに、こと酒に関してはさっさと頭を下げる気でいる。現金だよなぁ。オラに現金をくれ。
潜伏スキルの無い忍者から得た情報は少なかったが、概ね以前と変わり映えしてないのだろう。田口の圧政が続いていると言うことだ。
瑠海辺りが田口のやり方にピーピー言いそうだったが、彼女の口から話題になったことはない。麻生は森の退職の時に勘づいたようだしな。やっぱ田口の下で堪えたのかなあ?急に塞ぎ込んだようになってたし。間接的に森の退職のキッカケでもある麻生はナゾだらけだ。
ナゾのまま去ってしまう。その方が魅力的で良いのかもしれない。麻生がどこで何かしようと関係無い。それは、興味が無いからか?違う。興味を消すためだ。己の中から麻生と言う存在ごと無かったことにする。今までもそうやって生きてきた。
そんな自分を変えるキッカケにたくさん巡りあった。
瑠海、四ツ谷、沙埜ちゃん、ましろ、そして麻生。それぞれが今までの俺ではダメだと教えてくれたのに、いざ構えると引いてしまう。コレも俺の悪いクセなんだな。
時間は二十時になろうとしている。昔は時間が経つのが遅くて、一日がとても長かったし、何よりも楽しかった。今は時間に背中を追われる毎日。休みの日にプライベートで忙しいのはありがたい事だけどね。
さあ、終電まで踏ん張りますか。あ、今週中にお返しを買う予定なのを飲んだくれてしまった…。