#11 : 曖昧模糊
「ご利用ありがとうございました〜」
ネットカフェの店員がお決まりの文句で俺を追い出す。
森と別れた後、近くの紳士服屋で下着とワイシャツを買って仕事を消化し、職場を夜中の三時過ぎに出て徒歩五分のここに来た。
ここはシャワーがついているので良く利用している。喫煙席と禁煙席がキッチリ分かれてるのもポイントが高い。吸ってもいないのにタバコ臭くなるのは心外だからな。
なんで良く利用するかって?今回みたく終電でも間に合わない日、平日なのに深酒した時の避難所として最適なのだ。溜まったポイントでカップラーメン食べれるし。
とは言え開けて木曜日の朝、オフィス街のど真ん中にあるネカフェから出勤と言うのは目立つものだ。要らぬ噂が立たないように気をつけ無ければ。
『ピッ!』
首から下げたIDカードを入口の読み取り機にタッチする。執務室に入るには社員証兼IDカードが必要だ。派遣さんには入退室だけの仮カードを渡してある。
俺ら内勤はそのまま出退勤のシステムにもタッチする。コレを忘れると後からの修正がとても面倒くさい。なので部下にも口うるさく言って聞かしている。
忘れたら上長の責任、俺が訂正依頼書を書かねばならない。とても面倒くさい。何故ならそこから田口に承認してもらわねばならないからだ。
「おはようございまーす」
『おはようございまーす』
社内の入り口で挨拶をすれば、誰もこっちを向かないが脊髄反射で挨拶を返す。いらっしゃいませーとか言ったら皆んな同じように返してくるだろうな。やる気も勇気も無いけれど。
「ちょっといいか」
挨拶も出来ない田口に着席早々に呼び出しを喰らう。昨日の事か?
「なんて事してくれたんだ?」
「はい?何の事ですか?」
「森が朝イチにコレを持ってきた」
田口がスーツの内ポケットから封筒を取り出す。
「た、退職届…!?」
「森は今月末で退職、本日より残りの有給を消化させてくれときた。昨日頼んだ事はなんだったんだ?」
睡眠不足の頭には受け止められない現実が突きつけられている。確かに一昨日は是正が無いなら辞めると宣言し、昨日は相当落ち込んでていたがまさかあんな事で退職するのか?
「ご丁寧に貸与品も置いていったよ。あそこの販路の穴埋めどうするんだ!ああっ!?」
うっせーなー。そんなに声上げなくても聞こえてるよ。
「お言葉ですが一昨日の件をお伝えした際、辞めさせても構わないと」
「本当に即日辞めさせる馬鹿が何処にいるんだ!」
カチンと来てついつ言い返してしまった。
「なんで私が尻拭いをせにゃならんのですか。下駄は二課に預けてあるじゃあ無いですか」
「元々一課から寄越した営業だ、そっちの方が業績も管理も長い、ケツ拭くのは当たり前だろう!」
筋が通らんし話も通じない。不手際は全部俺のせいにして手柄だけ横取りしてすんのか。
「森と直接話します。時間を下さい」
埒が開かんと思い踵を返して小会議室から出る。朝からムカつくなー!
総務の席の近くだったから怒鳴り声が聞こえたらしく、総務のコが心配そうに見てきたけど、何でもない様に振る舞った。
森の業務携帯は返却されてるから私物携帯に電話をかける。秘密主義の森だが緊急時用に聞いておいて良かった。
『おかけになった電話への通話は、お客さまのご希望によりお繋ぎできません』
着拒されてるだと!?会社の電話からかけてみるが答えは同じだった。試しに俺の個人携帯からかけるもダメだ。
……なんで俺の番号を知っているんだ?いつ番号交換した?俺は自己防衛の為に私的情報は請われても教えない。会社は友達を作る場所ではないのだから。いや、今は森の退職を思い止まらせねば。
電話がイヤなら直接話しをしようじゃないか。頭を冷やさせないとな。
内線で人事部に電話をし経緯報告、人事部長に森宅訪問の許可と住所の詳細を聞く。
『小畠君の事だから大丈夫だと思うけど、女性宅だから気をつけてよ?』
信頼されてるのかされてないのかわからず、生返事で電話を切った。
ここから約一時間か。あんなに頑張ってきたのにこんな事で辞めるなんて……ん?
こんな事ってなんだ?何があったんだ?
沈着冷静な森が珍しく感情的にはなっていたが、辞める事は無いだろう。誰かと代われば良い話だ。
ダメだ。寝不足で頭が働かない。全てがボヤける。




