#104 : 一枚目の君
「お疲れー」
「おつー♪」
瀬名さんがましろに声をかけて撮影終了となる。
息を飲む、とはこの事だろう。呼吸音さえ撮影の邪魔になる、そう思うほど緊迫していた。
「カズさーん、ソレ取ってー!」
器用に身体を隠しながらましろが叫ぶ。ソレ?
「カゴに入った白いの!」
あ、ああ、コレか。ガウンだ。モデルって本当に着るんだな。ましろの白い肌を見ないように渡す。
「どーだった?」
「め、めちゃくちゃ緊張した…」
「なんでカズさんが緊張すんのー!あ、もーいーよー」
ガウンに着替えたましろが声をかける。流石に直視は出来んよ…。
「まーカメラも慣れないとカオ作れないしね」
言われて見ると普段のましろっぽさが戻っている気がする。
「ワタシはもう慣れたけど、最初はカタイって怒られた。カオがカタイと空気も、空間もカタクなるから」
やはりカメラの世界は奥が深い。芸術も大して理解できない俺には早い場所だ。
「それじゃ、お先に」
瀬名さんが荷物を纏めてスタジオを出るようだ。あっと。
「お二人とも凄い熱量で感服しました。ささやかですが」
従姉妹の子供と会った時に買ったポチ袋が余っていたので、相場と思われるスタジオ代金の半額に色をつけて用意しておいた。握手をするように瀬名さんに手渡す。
「あの、これは…?」
あんまりまじまじ見ないでくれ。キャラクターは書かれていないが可愛らしいのは認めるよ。そこに筆ペンで”寸志”なんて書かれたらヒクよな。
「作業風景を見学させて頂いた御礼です」
ソファに座って水を飲んでいるましろにも渡す。
「カズさーん?」
「良いんだ。誘ってもらった時からこうしようと思っていたんだ」
「…で、では、ありがたく受け取らさせて頂きます。お気遣い頂きありがとうございます」
瀬名さんは少し顔が赤いようだが大丈夫かな?
ましろがタブレットを見ながら瀬名さんに手を振る。
「カズさんありがとうー!香織ね、修行中だからお金無くって今日のスタジオ代もかなりケチって隙間時間…ってナイショね!?」
瀬名さんの連絡先知らないから大丈夫だろう。ってナニ見てるんだ?
「こっちこっち」
ましろに手招きされソファの隣に座る。
「さっきの写真がタブレットに転送されるの」
確かにここの背景、先程着ていた服のましろが映し出されるが、だれもましろと気づかないのではと思うほど別人のようだ。
「ちょっと待ってね…」
スイっとタブレットをスワイプする。
「今回のファースト・カット。撮影が始まって一番最初の写真。元々セミヌード撮る予定だけど、最初の一枚から膨らませて行くの。ワタシも、香織も。ここから作るの」
タブレットには見かけたましろの顔がある。一枚、一枚とスワイプして行くと段々と艶が出始め、妖しさが増してくる。
「なんだかんだ言ってワタシも最初の一枚から香織の理想では無いの。二人してワタシを作って行くの。このカオは、もう二度とできないカオ」
先に進めば進むほど、ましろが変わっていく。
「カズさんは最初の一枚から完璧じゃないと、って思ってるでしょ?」
そう、だ。最初の一歩、そこから完璧を求めている。
「お店でお話ししてて、完璧主義なんだなって思ってた」
話しただけでわかるほど俺は単純なのか?自分で理解できなくてこんなにも悩んでいると言うのに…。
「ワタシから昨日は誘ったけど、昨日のウチに次の予定のこと来たから。そうじゃなきゃカズさんから誘ってこないもん」
「なんで俺から誘わないって決めつけるの?」
「彼女いないのって聞いた時も同じこと言ってた!だって失敗したくないでしょ?」
痛いところを突かれた。ましろの言う通り、失敗したくないし、したところを見られるのもイヤだ。
「…香織もね、似たようなとこあるの。ストイックで、真っ直ぐで、自分の興味あることはとことん追求する」
確かに似ているかもしれない。
「興味が無いことには全く感心持たないところも」
これはクリティカルに効いたぞ。血反吐が出そう。
「同伴した時に全然こっち見てくれないなって思ってて、話しかけても上の空だし、なんかあったのかなーって。スグルさん来るまでどうしたら良いかわからなかったよ」
「そ、そうだったのか…。ごめん。イヤな気持ちにさせた」
パタ、とタブレットをテーブルに置くと、ましろが背中を向けて立ち上がる。
「本当にゴメンって思ってる?」
「うん。ごめん」
「んー、お腹減ったなぁー!」
伸びをしながら振り返るましろの顔は、いたずらが好きそうな笑みを浮かべている。わかったよ。メシ奢るよ。ソレでましろへの罪滅ぼしができるのならお安い御用だ。