#100 : 下法、若返り
『♫♩〜♫♩〜』
私物携帯が珍しく鳴る。こんな日にこんな時間、かけてくるヤツは一人しかいない。ましろに断って店の外に出る。
『Yo!遊ぼうゼっ!』
「お前は本当に高校生か。こないだの蕎麦屋で飲んでる。この後も夜まで飲む」
『じゃあそこに参加すっから!』
「ちょ、待て!こっちの都合も…」
『ばぁい♪』
あのヤロウ。舌打ちしながら席へと戻る。
「お仕事ですか?大丈夫?」
「ごめん。大丈夫だよ」
「カズさん怖い顔してるー」
「こんなにも優しいオジさんが怖いワケないよ」
熱い蕎麦茶割りを啜る。美味い。夏はアイスでも美味そうだな。
「普段は優しい人が怒った時が一番怖いんですよ」
ちび、と湯呑みに口をつけるましろ。
「仕事上で甘やかすなって怒られたことがあるよ」
俺は下に甘い。良く近藤さんに怒られたモンだ。大宮にも、田口にも。折角の休みなのに仕事のことはやめよう。優のヤロウ、もしかしたらってのがあるから一応断っておくか。
「今日さ、もしかしたら何だけど、俺の友達がコッチ来るかもって…」
「全然大丈夫!さっきの電話?」
「そう。腐れ縁でね」
「お友達だから素直になれるんだ!」
ましろの言う通りだな。一歩外に出たら違う俺が、違う世界で、違う俺を演じる。唯一素になれるのが優ってだけで…って、アイツ以外居ないのじゃないか?
最近になって気づけることが増えてきた。自分で望んだことだから後悔はしていないが、他人と比べると狭苦しい生き方をしていると気がついた。
他人を客観的に見れるのに、自分自身を見つめることが出来ない。いつも他人の目を通した俺の”知らない俺”が居る。雑音に塗れたソイツは上部だけで中身が無い。紛れも無く俺だ。
本来ならもう一杯、と言いたいがこの後も飲むし、蕎麦屋で長居もアレなので良いとこで店を出る。出勤までまだ時間があるので、駅の方まで戻り駅ビルをぶらぶらとする。うん。デートだ。良いな、コレ。
「この色合い好き」
70年代を髣髴とさせるビビットカラーのピッタリとしたドレス。ザックリと開かれた胸元は着ているのがマネキンでも目のやり場に困る。これ着る機会どこにあるんだろう?
ましろは素人モデル?と言うヤツなのでファッションやこれから来るアイテムなどに常にアンテナを張っているらしい。俺も若い時は頑張ったけど、最近は美容院位しか自己投資していないや。
ましろの今日の服装は所謂量産型と言われるタイプだ。メイクもそこまで派手ではない。酒を飲んでる姿を見ていなかったら二十歳前くらいにも見える。コレがメイクや髪、服で化けるからな。四ツ谷がギャルとかになったら、それはそれで面白そう。オタクに優しいギャルは実在する。
「ダメってわかってるんですけど…」
ペットショップの前で立ち止まる。もふもふを見たのいつ以来だろうか…!
「犬と猫なら、ましろはどっち?」
「ワンちゃん!実家で飼ってたのもあるので」
「俺は猫。ツンデレが好き」
「猫ちゃんがツンデレって!」
言い得て妙だと思うが。”別に遊んであげても良いけど?”みたいにおもちゃ咥えてパソコンの上に乗ったり、寝ぐずりして俺の手を甘噛みするのに、3分後にはゴロゴロ言って身体を預け、この世の一番気持ちの良いことだけを集めたような最高の寝顔で俺を破壊する。
一番最初に飼った猫がサバトラの男の子だった。あわてんぼうの甘えん坊。小心者で周りを警戒しつつ、安心だと分かるとのべつ幕無しベタついてくるヘタレ。もう虹の橋に旅立った。命日には線香と当時好きだったオヤツを持って墓前に行く。彼との思い出を語るにはまだ時間が必要だ。
「今度は哀しい表情してる」
「…ましろは表情読み取るのがスゴいんだね」
俺自身、他人の顔色に敏感な方だから、自分は努めて隠そうとしている。
「カズさんわかりやすいですモンね!」
「へ?マ?」
「うん。猫の目みたいにコロコロ変わる。見てて飽きない」
「先週、声かけたのもソレ?」
「ん〜、半分はそうかも?でも楽しそうだったのは本当デス!」
猫の目ねぇ。田口に言われたことがあるな。オタクは顔に出る悪いクセがあると。つい最近思った自分のクセ、もっと客観的に悪いクセを見つけ出して直していかなきゃだ。
あっという間にましろの店へ向かう時間となる。久しぶりにカラオケ行きたかったな。ってホント高校生のデートみたいだったな。あの頃に戻れたよ!若返ったよ!お肌のツヤがヤベエよ!