#98 : 顔に出るタイプです。
都心から少し離れたこの街は、喧騒を少し抑えた程度で賑やかだった。
駅から歩いて三分のところにましろの店がある。なんとなく、としか言えないがあのまま帰る気にならなかった。
麻生が辞めてしまう。後任と顔合わせもした。後任はほぼ問題なく合格の通知は早ければ月曜だ。そして、彼女と大井さんの過去を聞いてしまった。色々な事実を受け止めきれない。
正月のメッセ事件の時は酔っていた、と言っていたが、酔ってても普通は送信しないだろう。わざわざ自分から爆弾と一緒に飛び込む必要がない。
「ん?なんか難しいコト考えてます?」
知り合って二回目だと言うのにましろは敏感に俺の表情を読み取る。しかも的確に。
「仕事で色々あって、ね」
小瓶のビールが丁度一本入るサイズのグラスを傾けながら返す。
ましろの店は小瓶しか置いてない。しかも料金をプラスしないとビールは飲めない。オプションと言えばそれまでだが、元は取れなくてもその辺で飲むより多く飲める。一人でなら。
ましろの飲み代は別料金で居酒屋よりもはるかに高い。そうやって彼女達の時給を捻出しているのだろう。
二本目からいちいちグラスに淹れるのがもどかしいので、そのままラップ飲みする。沙埜ちゃんの気分が味わえるな。
「そう言えばお仕事って会社員の方ですか?」
「しがないサラリーマンだよ」
草臥れたオッさんのため息と共に返答する。やさぐれてんなぁ。
「じゃあ明日お休みなんですね!」
「独りモンだからいつ休みでも良いんだけどねー」
「明日、デートしません?」
「へ?」
「お蕎麦食べたい!」
焼き鳥の次は蕎麦か。最近の女子はちゃんと食べたいものを伝えてくれる。コレはありがたい。試行錯誤して組んだ段取りが、メシ屋の選択を誤ったせいであえなく死亡、良くあることだ。
「先週行かれたばかりですけど…」
「うん、おけ。蕎麦好きだし良いよ」
鴨せいろ好きに悪いヤツはいない。死んだじいちゃんの言葉だ。まだ生きてるけど。火付盗賊改好きに悪いヤツはいない。今思いついた。俺は…悪いヤツの方だった。
ましろのシフトは不定期のようだ。だから来る前に連絡しろってことか。
明日は夕方からのシフトなので出勤前に食事に行く。同伴というヤツだな。良い年してるのに初めての事でドキドキする。
「ありがとうございます!メッセで場所と時間送っておきますね!」
行動力あるなぁ。見習わないとだな。今の俺は麻生ショックのおかげで判断力も鈍ってる。このままではましろに良くないコトが…と思ったが同伴の後に出勤するのだからそんなコトは起きない。
腕時計を見ると二十二時、明日も会うしそろそろ帰るか。ましろは終電までらしい。また明日と告げて店を出る。ましろは二回目だがちゃんとお見送りしてくれる。このオッさんキラーめ。カユイところを十分に知っている。
半分仕事とは言え久しぶりのデートだ。『デート』と言う単語が一人になってから襲いかかり、急に恥ずかしくなってきた。大丈夫かな?臭く無いよな?服とか用意して、靴磨かないと。俺の独りファッション・ショーは深夜まで続くだろうよ。
ましろは十八時から出勤とメッセが来た。昼メシは優と行った蕎麦屋に行って、その辺をお散歩して一緒に出勤、俺は時間まで飲むと言うパターンだ。
女の子と二人きりで昼間を闊歩する、何年ぶりだろうか。こないだ知り合ったばかりのましろにドキドキしている。いや、このシチュエーションにかな。とにかく枯草になる前にトキメキをくれてありがとう。
持ち物チェックは入念に。特にティッシュはモイスチャータイプに限る。俺が花粉症ってのもあるけど。リップクリームにハンドクリーム、衣類消臭剤にデオドラントシート。
俺のバッグの中身は女子力高いらしい。なぜかって?全部レディースのモノだから。メンズは肌に合わないし、無香料と謳いつつヤローの匂いがする。あの特有の香りも好きになれない。和田に教えたらマネしてたけど、スキンケアは自分に合ったのを選ばないと酷くなるぞ。
明日は昼に蕎麦屋集合となった。今週も昼から飲んで豪勢なこと。年度末だと言うのに浮かれてんな。