#92 : 食い違い。
優は承伏しかねるといった様子だ。右足でカタカタと貧乏揺りをしている。
「蕎麦焼酎にしないか。ボトルでよ」
「そりゃ構わねーけどよぅ…」
結婚経験も無い俺から彼女をダメ出しされたら、コイツ以外でも腹立たしいだろう。天ぷらも食べたし言うこと言うか。
「…先に誓っておこう。外国の人に対して偏見はない。勿論、差別も区別もしないのは先に言った通りだ」
蕎麦湯で割って飲む蕎麦焼酎は、蕎麦好きにはたまらない組み合わせだ。蕎麦から作った焼酎を蕎麦を茹でたお湯で割って飲む、何ともエコロジーではないか。この店に通うようになってから飲み始めたが、もっと早く出会えなかったのを後悔する。
「じゃあなんでダメなんだヨ?」
「諸外国、特にソチラの国は婚姻年齢、つまり結婚する年齢が日本に比べて特段に早い。逆にある一定の年齢を過ぎると不貞行為、尻軽認定されて一族から相当な仕打ちを受けるくらいに、な」
今でこそ日本も男女平等が声高に叫ばれているが、隣の隣辺りの国では残念ながらそうでもない。男性が若い女性を娶る理由は歳が若いほど支配しやすいからだ、とさも当たり前のように答えていたヤツがいる。未だに子女は労働力と見做され、若い方が価値があり、基本的人権を無視されている国や地域がある。
「じゃあナニか?彼女は何かしらウラがあって俺に近づいたとでも言いてーのかヨ?」
イラついて声が大きくなるのを抑えさせる。
「確定では無いが引っかかる。いつ、何の目的で日本に来たのか。彼女の親族関係も調べる必要がある」
まだ熱い蕎麦湯を足して湯呑みを煽る。焼酎からも蕎麦湯からも広がる香ばしい香りに、穀物の自然な甘みが溶け出していく。美味い。
「俺も結婚してないからデカい事は言えねぇけど、結婚は当人同士の問題では無い。お互いの親族とも繋がるんだ。お前が本気なら尚のこと調べた方が良い」
鴨せいろが運ばれてくる。まるでコイツみたいだな。鴨がネギ背負ってきてらぁ。
「カズ、俺ァ今までオメーにウソこかれたこたァねーヨ。けどヨ、友達の幸せをモロテ挙げて祝ってくれても良ーんじゃねぇーか?」
「友達だからこそ心配事を払拭して、確信を持って祝いたい。ぬか喜びさせたくねーんだよ」
焼き目のついたネギに染みる蕎麦つゆが酒を進ませる。昼過ぎから豪勢なこった。
「オメーはいつもそうだったな。自分の幸せより他人をユーセンさせる。俺に説教カマすよりもテメーの幸せについて考えやがれ」
言われて箸が止まる。ああ、その通りだな。他人様にはいっぱしの評論家気取りでモノ申すクセに、いざ自分の事となると五里霧中で躓いてばかりだ。
「…親の小言と冷酒は、なんて言うが、まさかオメーにカマされるとはな」
ボトルは三分の一程度になっている。優はガタイがデカくなってしまったから飲む量もレスラー並みだ。コレで割り勘と言い張るのだから損した気分になる。ったく。
「マズイ酒にしちまって悪かったな。とにかく、目先の結婚の前に調べられるだけ調べておけ。ついでに言うと結婚したとしてもお前が向こうに行ける確率はほぼゼロだぞ」
「そりゃこんだけやらかしてりゃーな!」
悪びれもなく笑う。ホント変わらねーな。俺が言いたいことは伝わっただろうか。罪滅ぼしにココは奢っておく。うむ。昼メシなのに良いお値段だ。クソっ。
「カズしゃんゴチんこでーす!」
コイツも現金だぜ。奢りとなったら掌返しだ。
「昼キャバ行こうぜ!」
「っテメー彼女いるだろうがよっ!?」
「ソレはー、ソレ!コレはー、コレ!」
「行かねーし行ったとしても奢らねーよ」
「ケチィ〜!」
「きんもっ!」
コイツにも人並みの幸せ、喜びがあっても良いんだ。俺も願っている。そうすれば、こんな自堕落な生活も変わるんじゃないか?コイツのサラリーマン姿は想像つかないが…。あ、俺も散々に言われてたな。