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#番外 : はるの誕生日

 季節の移ろいは早く、二月も下旬となる。

 今日21日は、はるの誕生日だ。


 前回、雪のせいでお出かけが出来なかった代わりに、乙葉もはるも合わせて休みを取った。毎日一緒に過ごしているが、やはりお出かけは楽しいものだ。


 手始めにショッピングをしに行くが、大抵は見てるだけで満足してしまい、ショッピングと言いつつ眺めに行く。それが目的でもある。


 ランチはSNSでトレンドに入るブュッフェに行く。予約制でないため順番待ちをするが、二人でいれば待ち時間も全然苦にならない。気づくと一時間なんてあっという間に過ぎていた。


「ちゃんと野菜も食べないとダメよ」

「お肉っ!お肉ぅーっ!」

 普段、二人の食卓に並ばないものを選ぶはるに、普段と変わらないチョイスをする乙葉。こんなところでも性格が出る。もしかしたらはるにガマンをさせ過ぎていないか?少し心配になる乙葉。今日は大切な恋人の誕生日。お堅い事は抜きにしておこう。


 食欲が満たされれば睡眠欲が出て来る。折角のデートで寝るわけにもいかない。マンションではペット禁止のため、一休みがてら猫カフェで休憩する。


「アメショがカワイ過ぎるぅー!」

 人懐っこく、愛想の良いアメリカン・ショートヘアーにデレデレなはる。

「ロシアンもクールで良いわ」

 少し警戒心があるが、心を許すとそっと寄り添ってくる愛情深さに感嘆する乙葉。お互いの性格を見事に表現しているが、二人とも気づいていない。


 元気を取り戻してショッピングを再開する。次は雑貨、化粧品、本屋。意外にも二人に共通する趣味は読書だった。

 二人が仲良くなるきっかけとなった本は、ドイツ人作家が書いた児童向けファンタジー小説。いじめられっ子が本の世界に入り込み、様々な冒険を通して成長して行く物語。

 はるはフランスでの幼少期を、乙葉は祖母が他界した後の自分を重ねて読んでいた。


 夕方になり、いつものビストロに向かう。なんだかんだ言って一番落ち着ける場所なのだ。


「お誕生日おめでとう」

「祝え祝えー!」

 乙葉の時はシャンパンだったが、はるの希望でバイオレット・フィズで乾杯をする。

「シャンパン苦手だったっけ?」

「スミレははるちゃんのお花なのです!」

 スミレの香りが特徴的なリキュールを使ったカクテルは食前でも食後でも良いが、乙葉には後の方が良さそうだった。


 今日も今日とてマスターが存分に腕を振るう。

 日本食に影響を受けたフランスの新しい試みは、ルーツに日本を持つ人に受け入れらるのは当然の理だ。店舗数は発生当時に比べ減少しているが、マスターは当時より更に進化を遂げた新しい食の世界を楽しませてくれる。


 いつものガールズトークが始まる。今夜のお供ははるのリクエストのブルー・ムーン。今日はスミレに染まりたいらしい。

「でね、店長がいっつも口ウルサイの」

「ちゃんとやる事やってるのに?」

「そそ。乙葉のおかげで片付けもできるようになったのにさ」

「…私も、出来て無かったな」

「えっ?スゴい細かいじゃん?」

「これはね、前の会社の人から教わったの」

「えーっと、小畠さん?」

「そ。見かけによらず細かくてね」


 整理・整頓・清掃・清潔・躾。5Sと称された五つのSを嫌と言うほど小畠に叩き込まれた。

 そのおかげもあり、部屋はいつも綺麗だし、料理も上達し、はるにも学びを教えられた。


「えぇっ!?気づかなかった!乙葉ってズボラだったの!?」

「人聞きが悪いわね。自分に関心が無かっただけよ。でもお陰様で色々と出来るようになった」

「スゴいんだね、小畠さん」

「でも抜けてるところもあって。去年、退職する時にウチまで来たじゃない?その時に彼の私用の番号を知ってたことに驚かれて笑ってしまったわ」

 着信拒否までされて、軽くパニックになっていたのに笑い飛ばす乙葉。


「私の業務端末が支給される前に交換したのよ。本当に最初の頃。記憶力良いのにそう言う事は忘れちゃう人なの」

「才能のムダつかい〜」

 顔を見合わせて笑いだす。


「なぁんか私の悩みなんてちっぽけだな」

「悩みに大も小もないわ。乗り越えて行くことに変わりはないんだもの」

「相変わらずキビシイなぁ。今日くらい甘えさせてよ」

 スっと寄り添ってくる。まるでアメリカン・ショートヘアーのように。


「…これ、気に入ってもらえるかな」

 そっとバッグからハンドクリームを取り出す。乙葉の誕生日にリップを取り出したはるのように。

「コレ、スミレの香りがする…!」

「はるの手は私が守る、なんて言ったけどそのハンドクリームが手荒れから守ってくれるわ」

「うん!ありがとうー!」

 乙葉の首に抱きつき頬を擦り寄せている。今日の恋人は子猫のようでもある。これだからはるの彼女はやめられない。


 どっちのお祝いかわからなくなるが、恋人が喜んでくれるのが一番のプレゼントになるだろう。

 今夜も東京の夜は濁っている。バルコニーに射した蒼い月明かりが優しく二人を包んでいた。

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