06:次期当主は女の子
俺は屋敷の最上階に案内される。といっても3階だが。
「こちらです」
立派な木製の扉が開かれ、俺は部屋の中に入る。中は書斎のようだった。領地を見渡せる窓、その手前に小さな人影がいる。
俺はそれが誰なのか、なんとなく察しがついた。
「もしかして最後の課題って、伯爵様直々の面談ですか?」
マリアがうなずく。なるほど、たしかに簡単だが重要だ。
「とはいえ、当主であるカール・フェテル様は病床に伏しておられる身です。あちらのお方は、カール様の一人娘である――」
「マリア!」
鋭い声がマリアの言葉を遮った。少女かと思ったが、なんとなく男らしくもある。しかしこの声、どこかで聞いたことあるような……。
「一人娘ではない! 父上は私を嫡男として育てられた。私こそフェテル家次期当主、リヒテア・フェテルだ!」
そしてリヒテアは振り向いた。
瞬間、その勇ましい表情が固まった。もちろん俺も。
「あ……あなたは……!?」
「おまえは!」
どこかで聞いた声だと思ったが、そのはずだ。
リヒテア・フェテルは、先日俺がひったくりから助けた少女、その人だったのだ。
「あの……お二人はお知り合い、だったのですか?」
マリアが珍しく困惑をあらわにした。まあ、無理もない。俺たちだってわけがわからない。
「いや、その、彼とは知り合いというかなんというか……」
リヒテアがもにょもにょと口ごもる。その顔は真っ赤だが、長い黒髪に鳶色の目。間違いなくあの時の女の子だ。女の子といっても、俺と同い年くらいのようだが。
「おまえ、フェテル伯の娘だったのか……」
「む、娘ではない! わ、私はぁ、そのぉ、嫡男として育てられた誇り高きリヒテア・フェテルであってぇ……」
しかし俺の中の記憶では、リヒテアはたしかに女の子の言葉遣いで話していた。なにか食い違う。
「あややややや……とか言ってなかったか?」
「い、言ってない! 言ってないぞ! けして言ってない!」
「あ、そういやボボボは元気にしてるか?」
「うん! あの子すごく私に懐いてくれたの! もーかわいくてかわいくて……はっ!?」
俺とマリアのジト目がリヒテアを襲う。
「み、見るな! 哀れなものを見る目で私を見るな!」
「あの、お嬢様……? 私は夢を見ているのでしょうか……?」
一番かわいそうなのはどう考えてもマリアだった。そりゃあいきなり主人がキャラ崩壊したら困るよなあ。
「マリアさん、とりあえずここは俺に任せてくれませんか」
「い、いえ、お嬢様のお側を離れるわけには……」
「構わん! 今は下がれ、マリア! ていうか下がって!!!!」
「は、はい! かしこまりました!」
マリアが部屋を出て行き、扉が閉まる。うーん、さすがプロだ。
「……さてと。君が執事候補の、えっと――」
「コルトだ」
「コルト君! 最後の課題は厳しいぞ! なにせ私お付きの執事を選ぶ最後の課題だからな!」
「……無理してその口調にしなくてもいいぞ」
「む、無理などしてない! が、まぁ、君が気になると言うのなら、そのぉ、別の口調で話すのもやぶさかではないと言うかぁ……」
「気になる」
俺が即答すると、ぷはーっとリヒテアは息を吐いた。相当肩が凝っていたらしい。
「あの、お見苦しいところをお見せしました……」
「まあ、うん、いいよ。気にしてない」
むしろちょっとおもしろかった。
「ありがとうございます。それと先日のこと、改めてお礼を言わせてください。あそこには私の全お小遣いが入っていたので、もし助けてもらえなかったら領地に帰れないところでした」
そんな大切なものを、あんな目立つバッグに入れていたのか。
「まあ、当然のことをしたまでだし。それよりなぜあんなところに一人で? もしフェテル伯の娘だとバレてたら、ひったくりじゃ済まなかっただろ」
「それはその……私、見てもらった通り領地や社交界では嫡男として振舞っているんですが……時々は女の子みたいに話したいんです! 遊びたいんです! だから……」
「たまに領地を抜け出して自由を謳歌してた、ってわけか」
リヒテアは力なくうなずいた。
聞いてみれば大変な話だ。貴族というのも楽じゃないらしい。生まれてこのかた冒険者として生きてきた俺とはある意味対極的だな。
「まあその、とりあえず敬語は使わなくてもいい。ていうか本当は俺が使うべき……ですよね。これからは主人と執事の関係になるわけですから」
「そのままでいい! ただ、私も女の子みたいに話そうかな。え、えへへ……変じゃない、かな?」
はっきり言ってリヒテアは超がつく美少女といってよかった。深窓の令嬢、黒髪清楚を絵に描いたような。つまり、
「変じゃないし、すごくかわいいと思うよ」
「かわいい!? ほんと!? や、やったぁ! かわいいって言ってもらっちゃった! うれしいなぁ、うれしいなぁ!」
リヒテアは飛び上がって喜んだ。
とりあえず、マリアが見たら失神しかねないな。早くも俺は同僚の精神性をつかみつつあるのかもしれない。
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