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異世界に一家で乗り込んだっぽい  作者: 御堂かんな
1/3

ラノベを買い込んだら大変なことになった

 姉貴がラノベ作家になったとか叫んで、本屋からそのラノベを買い占めてこいと叫んだのは母親。

 主人公の涼太は行きつけの書店でラノベを買いあさる羽目になったが―…。

 いきなり聞こえてきたのはサイレン!?救急車!?消防車!?

 怒涛の一家終焉から始まる異世界ファンタジーが始まるかもしれない!


一章


第1話「ラノベを買い込んだら大変なことになった」


 通いなれた書店の一部にずらりと並ぶのは、これもまた見慣れたライトノベルの一覧。

 可愛らしいイラストに、それ自体が一文として乗っている、ライトノベルのタイトルは、間近で見ると意外と圧倒される。

「相変わらずすごいな…」

 ぽつりと呟いて、涼太は一冊のライトノベルを手に取る。

 帯には「期待の新人が送る異世界ファンタジー!」と大きく見出しが貼られ、イラストは他のノベルより少しだけ「イラストレーターに金積んだか?」と思われる程に明らかにプロ中のプロっぽいイラストが華麗に描きこまれている。イラストの中心には、片手に魔法、片手に剣を持って慌てている少年と、それを後ろからニマニマしながら見ている魔法使いと、大きな黒い猫っぽいモンスターがいる。

 作者の名前を見て、涼太はまた深々とため息をついた。

「マジだったのか…」

 その名前は、涼太の実姉が愛用しているものと同じものだった。


「私、ラノベ作者として本を出しました!」

 昨夜、家族が集うリビングで、基本引きこもりの大学生の姉がそう発言したのは、記憶に新しい。

 父は口に運ぶ刺身をそのままにして固まり、母も父に注ぐビールを持ったまま動きを止め、しかし祖母は何も聞こえていないようにご飯を咀嚼し呑み込んだ。

 ごくり。

 その音が聞こえるかというくらい静まりかえっていた。

 正確にはテレビが大音量でついていて静かではなかったが、リビングに5人も居て静かなのは少し不気味である。

 少し置いて、多少なりとも驚いていた涼太は、「はいはい、寝言は寝て言うもんだぞ」と姉の肩を叩いた。

「いや本当だって! 信じてないな!? このひねくれもの! お姉ちゃんはそんな子に育てた憶えはありません!」

「育てられた憶えも無ぇよ」

 キッと睨んで不満を露に口を尖らせる姉の暴言に軽くツッコミを入れ、涼太は家族をそのままに、自分の部屋へと引っ込んだのだった。

 昨今、ネットでの小説がラノベになったりアニメになったりは良くあることで、姉もまたその一部か、もしくは騙されているのだろうと思った。

 例え騙されていたとしても、涼太はあえて止めない。むしろ痛い目を見ればいいんだ、とか思っている。


 そんな姉の発表結果が、今、手元にある。

 よくあるラノベのスタイルを呈している、姉の小説。

 気まずい。ものすごく、気まずい。

 けれど、買わないと帰れない。たぶん。

 涼太のスマホにはしっかりと、母から「小説を買い占めてこい!!」という指令のメールが届いていたからである。

 聞かなくてもわかる。母は配る気だ。配って配って配りまくる気だ。

 そんな光景を想像したら、恥ずかしさに気が遠のいてくるし、なんだかもう塵となってその辺の風に浚われて消え去ってしまいたかった。

「買わないと……駄目だろうな…」

 涼太は諦めて、その本棚にある姉のラノベを、ありったけ両手に抱え込んだ。


 少しおかしなものを見る目で見てくる店員たちに背を向けて、涼太は贔屓に、というか個人的にお気に入りに通っていた書店を後にした。

 姉と母のせいで、いや、だいぶ母のせいで、しばらくはあの書店に行けなくなるだろう。

 うんざりだ、とため息をついた時、上着のコートのポケットに入れてあるスマホが唸った。

「今度はなんなんだよ…」

 ひとり呟いて、大きな袋を道端に置き、街中のショーウィンドウに背を預けてポケットからスマホを取り出す。

 メール通知が一件。しかも、母からだ。

 何かついでの用事だろうか?

 涼太はメール画面を開いて、凍り付いた。

「…なんだよ、これ…」

 ほぼ同じくして向こうから救急車と消防車のサイレンが唸り、メガホンで「道を開けてください」と誰かが喋っている。

 瞬く間に周囲がざわめきだし、なにごとかと話し合っている中、涼太はひとり静かな中に居た。

 メールには必死で打ったのだろう、一文。


『かえつてくるなあふない』


 弾かれたように涼太は走り出した。途中荷物も忘れスマホも落としたが気にしていられない。

 こんな悪い冗談を言う母では無いのは、息子である涼太が誰よりも知っていた。

 絶対に何かあった。そしてそれは、さっき通り過ぎた救急車と消防車に関係がある。

 母譲りの嫌な予感が、急げと騒いで心臓を圧迫し、頭を真っ白にさせる。

 足は速いほうだ。

 それでも家が、自宅が、我が家が遠い。

 喉から血の味がするのも構わず、コートも途中で脱ぎ捨て、涼太は走った。

 そうして、やっとの思いで辿り着いたのは、轟轟と音を立てて燃え上がる、我が家がある場所だった。

「う…」

 かろうじて、声が出た。

 足が重い。

 体がだるい。

 それでも涼太は歩いた。

 規制テープの貼られた場所へフラフラと歩いていく。

「嘘だ…」

 警察官が何人かで涼太を抑えてくるが、気にせず、涼太は燃え盛る炎へ手を伸ばした。

「嘘だぁぁぁぁぁ!!」

 途端。

 耳を裂くような音がして、涼太は熱風に煽られ、押さえつけられていた警察官ごと吹き飛ばされた。

 鼓膜が破れたかのような痛みと、すぐに襲ってきたのは背中への強い衝撃。そして、後頭部を派手に何かに打ち付けた、ような。

 そこで、涼太の意識はぷっつりと、切れた。


「婆ちゃん、そんな所で山菜とか煮ないでよ。すごい臭いじゃん!」

「栄養のあるもんにバチ当たりなこと言うでねえ!」

「意外と天ぷら美味しいよ。食べてみなよ、涼太。」

「姉貴は黙ってろよ!なあ、親父だって山菜嫌いだろ?」

「嫌いだけど、このかき揚げは美味いなぁ。」

「でしょ?お母さん、頑張っちゃった!」

「ったく、なんでうちの家族っていつもこう…」


 笑顔があって、いつも何かしら小さな事件があって、飼っている犬と猫と、それが涼太の家族だった。

 優しい祖母、いつも笑顔の父、厳しいけれど温かい母、お調子者の姉。

 それらが、遠く、消えていく。

 すう、と流れ出た涙を拭おうと腕を上げようとして―…涼太は、気づいた。

「えっ…?」

 まるでどこかのキャンプ場にありそうな丸太小屋の梁天井が、最初に目に入った。

 それから鼻をツンと突く、独特の藁のにおいと、草のにおい。

 涼太は自分の右手をゆっくりと上げた。

 白い質素な綿で出来たシャツ、一枚。感覚が正しければ、下も似たようなパンツ一枚。

「…え…?」

 思考がまるで追いつかない。

 ここはどこだ。

 待て、一度落ち着いて考えよう。

 確か高校2学期の終業式の帰りに本屋に行って、姉の出した小説を買い占め、それから―…。

 それから…なんだっけ?

 思い出せない。

「起きたかい?」

 ずい、といきなり目の前に、皺くちゃの老婆の満面の笑みが現れて、涼太はつい「ぃきゃあ!」と女じみた悲鳴をあげてしまった。

 慌てて飛び退って藁のベッドから転がり落ちる。

 ふぇっふぇっふぇ、と笑って、老婆は頷いた。

「それだけ元気ならもう大丈夫そうじゃのう」

 言ってから、重そうな木で出来た杖をゴトンゴトンと突いて、ロッキングチェアに向かってゆったりと歩き出した。

 その姿は、簡単に言うなら「絵本によく出てくる悪い魔女」のお手本のような恰好だ。

 真っ黒なローブに、ごつごつとした杖、しかもロッキングチェアの前には、大釜が火にかけられてグツグツと煮えている。

 どうやら、夢―らしい―で嗅いだ山菜のようなにおいは、この釜から発せられているようだ。

 見れば、涼太の居るこの丸太小屋も、まるで絵本の中の光景だった。

 何に使うのか分からない分かりたくもないような物が戸棚にずらりと並び、食卓には老婆には似合わないような可愛らしい花瓶が置いてあり豪奢な赤い花が一本だけ添えてある。

 レース編みなのだろうか、テーブルクロスも、よく見れば床に敷いてある簡素な絨毯も、手作りのようだった。

 壁には、戸棚の他に本棚もあるが、並んでいる本のタイトルの文字は見たこともない物ばかりだ。

 他に、ときょろきょろ見まわしてみると、キッチンのような場所は、ここで長いこと生活していると思わせる雰囲気が漂っている。

「さて、と…」

 老婆がひとり呟いて、懐から長さ30cm程の木の棒を取り出すと、くるくると釜の上で回転させた。

「他に必要なものを見繕うかねえ。まずは服、それと靴。」

 言うが早いか、釜から金色に輝く煙が上がったと思うと、中から紺色の上下に分かれた、まるでファンタジー世界の冒険者が着ている服が表れた。

 続いて立派な革のブーツも現れて、ふんわりと飛ぶようにして涼太が今まで寝ていた藁のベッドの上に収まった。

 魔法。

 頭によぎったのはこの言葉だ。

「ま…待ってくれ。あの、俺は…!」

 現在進行形と、頭の進行がまるで追いついていない。

 涼太は慌てて老婆に声をかけた。

「どうなってるんだ!?ここは日本じゃないのか!?俺の家は、家族は!?どうなったんだ!?」

 矢次早に質問してくる涼太に向き直ると、老婆はまた少しだけ微笑んだ。

「理由が知りたいなら…」

 老婆が杖をくるりと回転させて釜の中に居れた途端、また金色の煙が立ち込めた。

「こっちの姿のほうが、あんたは納得するんじゃない?」

 煙が薄れてきた頃、ロッキングチェアに足を組んで座っていたのは、傲岸不遜な笑みを浮かべている、忘れられない顔だった。

 驚きのあまり思考が停止しかけるが、なんとか踏みとどまって、今度こそ藁のベッドに座りなおした。

 そして、乾いた喉のまま、声を発する。

「…説明してくれ、姉貴。」


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