序章
その男は悪人である。自分以外の人間は全て下に見ている。
「私が、死ぬと思うか?」
足を組み、両腕を組んでいる男は記者の一人に話かけた。
記者は、手がおぼつかなくてメモ帳を丸テーブルに落としてしまう。
「私が怖いのか。そんなのは承知で取材を受けたはずだが? 先ほどの質問に答えなくてもいいが‥‥‥」
男はベルトから銀色の銃を取り出すと記者のこめかみに向ける。使いこまれた銃はところどころ薄黒く汚れていた。
「貴様が死ぬか?」
「すいません。あなたが死ぬとはみじんも思えないです」
「そうだろう。最初から素直に答えろっ!」
男は、引き金をためらいもなく記者に向けた。記者の頭は打ちぬかれ、床に倒れ込んだ。
「片付けろ」
そう言うと男は奥の部屋に引っ込んだ。
僕の人生は悲惨だ。自分でそう言っている時点で全然悲惨には思っていない。だけど、他人からみれば十分に不幸だ。
父はなんと言ってもこの世界では知らない人はいないほどの凶悪犯だ。
犯罪を起こしては名を変えて別の街に越して住んでいるのだ。
だから刑事はひっきりなしに僕の家にやってくる。当然、父と一緒に住んではいない。
それが原因のせいか、友達なんてものはなかった。
僕の友達は愛犬のトムだけだ。
「おい、トム。僕は、学校に行くよ。大人しくしとくんだぞ。誰にも迷惑かけるんじゃないぞ」
トムは尻尾を振りながら、僕の言葉を聞いているような気がした。
学校。僕にとってはどうでもいい場所。
父からの反撃を恐れてか、誰もいじめてこないのは唯一の救いだが、挨拶すら誰もかけようとはしなかった。
教材の入ったカバンを無造作に机に置くと、席に付くことはなく屋上に向かった。
ここは、僕にとって唯一落ち着ける場所だ。なんといっても街が一望できるからだ。
この街は高い建物がなく、遠くの海まで見ることができる。
山から流れる風がとても気持ちいい。
屋上にある時計は8時を指していた。
そろそろ、始業時間が始まるが僕は、教室には戻らない。
教室にいたとしても白い目で見られるから図書館の自習室で一人で勉強をする。
そこであれば分からないところがあれば調べものがすぐにできるから助かっている。
『2年4組の崎島開斗さん、至急校長室までお越し下さい』
図書室に行こうと考えていると校長から呼び出される。校長に呼ばれるときは大抵決まっている。父がらみのことだ。僕はできれば行きたくはない。だけど、校長にはなにかとお世話になっているから行くしかない。校長先生のことは嫌いではないが、父はとにかく嫌いだ。