肆之拾陸 モブ、キャバを捨て作業に戻る
クマラさんに伊豆の薮から送り出してもらったら渋谷の近くだった。武家屋敷が立ち並び、商家がいくつかあり、その周りは農家の点在する、いかにも江戸の郊外と言った場所だった。
当然マルキュー的ファッションの街の面影もなく、ウェーイポンポン! の降って沸いたパリピ系もいない。
東京に住んでても行きたくない街No.1(俺調べ)、渋谷にあるまじき田園の落ち着きである。
とりあえず神田まで歩くとするか。水に漬けてた鹿の骨、どのくらい柔らかくなったかな、そろそろ左刃で削れるかな(骨や象牙は水に漬けて柔らかくしてから加工するものらしい。ホントに柔らかくなるの?)次はメンダコでも作ろうかな、どうしようかな、などと長屋で進めるプランをダラダラ考えていたらそこに言い争う知った声が聞こえてきた。
大僧正がキツネ相手にのじゃのじゃ喧嘩しておられる。
また寅吉計画の方針の食い違いでもあったんだろうか。
なんせ、俺が召喚されたとこでも喧嘩してたもんな、神と仏ではまた違った思惑があるのかもしれん。きっと俺ごときには計り知れない高い次元の話をしてるんだろう。うむ、さもありなん。
「キツネよ、寺の庫裏から油揚げを盗むでない。お主はそこら中の豆腐屋に油揚げを恵んでもらっておるじゃろうに」
「恵んでもらっとるのではない! あれは豆腐屋に献上させとるのじゃ! ただ最近ちょっと献上させすぎて、妾が店の前に立つだけでやんわり断られるのじゃ……」
ほほう、これは思ったより低次元の争いのご様子。
「いいじゃん! お前んち、油揚げいっぱいあるんだし! ちょっとくらい妾に献上するの『インドラヤソワカ』ギャー!」
学習しねえなあ、このキツネ。あと大僧正も相変わらず容赦なく雷落としますね。どこから落ちてるんだろ、あの雷。
「おや七海よ、こんなところで奇遇じゃの」
「はい、大そ……小僧さんもお元気そうで」
危ない危ない、今は大僧正の小僧さんコスプレタイム中だった。
大僧正曰く、市井に下りるときは小僧さんの格好で正体を隠してる、つもりらしい。
江戸の人間はみんなわかってて、黙って知らない振りをしてコスプレに付き合ってあげている。やさしい。
「ところでキツネが油揚げ盗んだんですか?」
「盗んでおらん! 献上させただけじゃ!」
「そう言えば大……小僧さん、いつもキツネに当たり厳しいですよね。何か理由でも?」
当たりのキツさは人のこと言えないけど。
「聞かんかや! 献上! 献上なの!」
「理由、のう」
わめくキツネを無視して、大僧正が何か感慨深げな表情で空を見つめておられる。そういうとこだぞ。
「その昔、我がまだ空海と名乗っておった頃の話じゃ」
あ、これおじいちゃんの昔話だ。話が長くなるやつだ。
案の定、長い話が続いたのでここからはダイジェストでお送りします。
四国を経巡り、修行中だった若き空海はある日、四国の山中で深い霧に包まれ道を見失ってしまう。
その時、どこからともなく翁が現れ、空海を導いたという。
感謝する空海に翁は、
「我は太三郎狸也、盲いた鑑真和上を屋島に案内せしもの、十一面観音菩薩の仏縁にて汝れを助くるもの也」
と、正体を明かしたという。
日本史の教科書レベルのお名前がポンポン出てきますね。いい加減にしてほしい。
で、遣唐使から帰ってきたら、まだいたのでその狸に四国の寺の守護を命じた縁があるらしいです。
「つまり狸に縁があるからキツネには厳しめだと」
「キツネには仏縁がないからのう。いや、ないわけではないのじゃが、ただ、のう」
いやいやいや、あなた半分仏様でしょ?いいの?そういう、えこひいきぽいの。
「神縁と仏縁はまた違うのじゃよ、あれはあれで稲魂神に強力な縁があるからのう」
キツネは神に縁があり、仏縁はまた別のシステムだと。高尚すぎてモブにはわかりませんね。そんなことを話してたら長屋に着きました。
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