肆之拾壱 モブ、早々にキャバトークに失敗する
クマラさんと一緒にお姉さま二人とついでに衛人の見送りをする。佐々木様も上に伝える、と先立っていかれた。
さあ、クマラさんと二人きりですよデュフフ。
客間に入ると千代さんがお茶と羊羹でもてなしてくださる。ありがとうございます。好き。
さて、いざ二人きりになると緊張して何話したらいいか全く浮かばない。俺はお姉さまを見てるだけでいいんですけどね、眼福ってやつですよ。このムチムチのお姿、作れるもんなら作っていつも近くにおいておきたい。今はフィギュア趣味の人の気持ちが少しわかる、これがキャラ萌えってやつか。お綺麗でムチムチのお姉さまは人類の宝だと思います。この方、天狗だけど。
しかしクマラさん鑑賞会を開いてる場合じゃない。キャバらねば。キャバといえば会話を楽しむものだとダディが言っていた。トークだ、トークをひねり出すんだ。あ、そうだクマラさんと言えば。
「クマラさんは鞍馬にいたんですよね?」
「昔はそうねえ。千年はまだ経ってないぐらいの昔だけどお」
人間からすると充分昔ですけどねそれ。感覚が麻痺しつつあるけど、俺の周囲、人外が多すぎるだろ。
「鞍馬寺って650万年前に金星から魔王が降り立ったんですよね?」
「なにそれえ? ななくんの所の鞍馬寺はそういう縁起なのお?」
あれ? サナート・クマラとかいう魔王が金星から降りて来たから鞍馬寺って言うんだ、って岡本君ことオカルト君に修学旅行の時に聞いたんだけどな? めっちゃ早口で聞かされて何回も話の途中で聞き返したのでよく覚えてる。
クマラさんが不思議そうな顔で、仙郷の鞍馬寺はずいぶんふぁんきーなのねえ、とかおっしゃっておられる。どうやらこの話題は外したっぽいぞ…!
「鞍馬にいたからお名前がクマラ、だと思ったんですが」
「唐の翻訳僧の鳩摩羅什からとったのよお。天狗になる前は仏典の翻訳もしてたからあ」
俺の鞍馬トークが順調に崩壊しております。お姉さま相手に話題をリードしようとか、百年早かったか。慣れないことはするもんじゃないですね。
「翻訳って漢文ですか?」
「ううん、悉曇文字の経典。天竺の経典よお。これでも当時は第一人者だったんだからあ」
天竺ってインドだっけか。え、インドの原典の翻訳してたの? 平安の頃に? なんでそんなお経あったの?
「役行者が持ってた謎の経典があったのよねえ。お役に立ちたかったから必死に学んだのよお。そしたら空海師がもっといい翻訳持って帰ってきてえ」
待って。俺は今何を聞かされてるの? 空海ってあの空海? 大僧正が大僧正になる前の?
「そんな昔から大僧正と面識あったんですね」
「ないわよお」
あれ? ないの?
「鞍馬寺は一時は真言宗の寺になってたのお。その頃に空海師の持って帰った経典見て『あ、これ無理だわ。これ天才の仕事だわ、こんな翻訳できないわ』って思ったのよお」
「そんなにですか?」
「経典の翻訳って難しいのよお。最低でも宗派の教えの理解がいるしい、仏教の大前提から外れてないか、既存の経典の新しい解釈をするべきかどうかまで考えないといけないしい」
あーちょっとわかるわ。模型でも設定画の解釈に悩むのはよくあるわ。デザインの要素に意味があるのかないのか、あるとしたらどういう意味があるのか、必死こいて考えて解釈をひねり出して、立体に落とし込む。そんな難しさはあるわ。
「少しわかります、解釈って難しいですよね、自分の理解が押し付けにならないか、普遍性があるのか、他人が納得できるものなのか、それは良く考えます」
おや? クマラさんが意外そうな顔をしてらっしゃる。
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