肆之漆 モブ、猫吸いを存分に堪能する
「七海よ、いい加減にせぬか」
猫神使の腹の匂いを嗅いで小一時間、とうとう注意された。だがまだだ、まだいける!
「ダメです。人は思いがけないことが起こったとき、現実を忘れるために猫を吸うものなのです」
「初めて聞いたがそんなものか」
「猫神使は神使だからご存じないのです。巷ではネコスキーは皆、こうするのです」
「昔は飼い猫だったがこんなことはされなかったが」
じゃあもう寅吉だけの奇行ってことでいいよ!
「俺らを巻き込むんじゃねえよ」
毎度おなじみ、平賀のおっさんが言う。いいじゃない、猫吸いましょうよ。猫神使は渡さないけど。
「そんなに長屋の正体知ったのがショックだったのか?」
「そりゃショックですよ。長屋まるごと反社勢力なんて知りたくもなかったですよ」
次郎吉さんを鼠よけから外して、自分ちで猫神使相手に愚痴をこぼしてたら平賀さんが日課の散歩みたいな感じでうちに来やがった。
鼠よけから外すのは簡単だった。門の外まで猫神使を連れてって猫パンチを次郎吉さんに食らわせたらそれで終わりだった。え、そんだけでいいの?
その後、おっさんにもひとしきり愚痴ってから猫吸いに移行した次第である。
悲しい時、嬉しい時、どこか切ない時、551がない時、そこに吸える猫がいたら吸うべきなのだ。
「反社ったってお役目だからなあ。不埒者以外、誰も困らねえし。奉行所も本気で鼠小僧を捕まえる気はないし、それを建前にせよ糾弾する奴もいねえし、そもそも大僧正の与えたお役目だから幕府も下手に突っこめねえし」
そうかもしれないけど、なんというか、こう、据わりが悪いんですよ。お妙さんの教育にも悪いんじゃないですか?
「あの子も奉公に出てたら草の役目を果たしてただろうな。みんな納得した上でのお役目だよ」
「子どもにスパイさせるなんて卑怯じゃないですか?」
「草ってのはそういうもんだ。市中に混乱起こそうとする方が卑怯じゃねえか?」
「将軍暗殺とか幕府転覆とか、物騒なのがそんなにいるんですか?」
「買い占めで値を釣り上げる悪徳商人なんてのもいるんだよ。江戸で打ち壊しなんて起きたら目も当てらんねえ」
まあ実質権威も権力も日本の中心だもんな、首都で抗議テロが起きるようなもんか。そりゃダメだ。 ん? 江戸で?
「他所なら起きてるんですか?」
「ちょいちょい起きて武力制圧されてるぞ」
ちょいちょいあるんだ。怖えな江戸時代。
「それって幕府は放置してるんですか?」
「天領でもないのに関わらんよ。むしろ藩の力が落ちて幕藩体制に好都合だって捉えてるよ」
ホント怖えな江戸時代。参勤交代も力削ぐためだっけか。家康公の思考が怖い。
「今の江戸の仕組みは最初の大僧正がアドバイスしたもんらしいぞ。お前も寛永寺組なんだからそういう考え方に慣れとけ」
そうだ、今思えば平賀さん、アンタちょくちょく俺んちに寄らずに長屋に来てたよね? 長屋に情報収集に定期的に来てたんだな? そして嶋田様も。
「ご名答、俺も嶋田さんも大僧正に報告することがないか確認に来てたんだよ。まあ大抵は空振りだけどな」
スパーン!
唐突に玄関が開けられる。なんだキツネじゃん、久しぶり。なんか目がグルグルしてるけど元気?
「腹を吸え! 猫でなく妾の腹を!」
ガバリと着物の前をはだけて腹を出すキツネ。お前モフモフの腹毛ないじゃん、却下。
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