壱之捌 モブ、神田に住まうことに決められてた
このモフモフ様、もうキツネでいいや。キツネはいつまで俺の近くにいるつもりなんだろうか。速やかに帰ってもらえませんかね?
「七海よ、お主は江戸市中に住まうのじゃろう?」
「いえ、川越です」
小江戸の風情、いいよね。ここガチ江戸だけど。
「なんでじゃ!市中に住め!妾に監視されろ!」
「間違えました。江戸の仇で長崎に行く予定です」
しっぽ逆立ててムキーってなってる。とりあえずキツネがうるさいので放置することにした。
本題に戻り平賀のおっさんに質問する。
「この江戸は俺らの知ってる江戸とはだいぶ違うということでいいんですよね?」
大僧正とおっさんが複雑な顔を見合わせた。なに?眼と眼で通じ合う関係?
「例えば大僧正が転生繰り返してたり、俺が平賀源内を名乗ったりしてるだろ?」
そうですね、全く理解できてませんけど。
「ここは俺のとこはもちろん、お前さんの世界ともかなり違いがあるんだが…」
ん? この物言い、なんか違和感あるぞ?
「正直、どの寅吉も言う事が違ってて、お前さんにとってはどう違うのか、俺らには分からんのだ」
それじゃまるで全員別の世界から来てるみたいじゃないですか。
「お察しの通り、全員大筋は似てるんだが、ちょっとずつ違う世界から来てるんだわ。俺とお前さんも話を詰めれば違いが出てくるはずだ」
「え、結局、寅吉ってなんなんですか?」
「全員別の世界から来た異世界日本人の総称だ」
異世界日本人、声に出して違和感を楽しみたい日本語である。
その後おっさんと話すと最近の大きなニュースやテレビ番組、新聞、祝日など、ささいだが結構な違いがあることが判明した。
第二次大戦の結果が違った寅吉もいたという。マジすか。日本の無条件降伏じゃないんすか。
その世界ではアメリカは参戦せず、ヨーロッパが主要な戦場になり、ドイツは後退・降伏し、日本に原爆は落ちず、やや不利な講和を受け入れる程度で済んだそうだ。
大戦でドイツは負け、イタリア人は砂漠でパスタを茹でる。どこでもそういうものらしい。
「ところでお主、予定通りなら神田の長屋に住まうのじゃろう?」
キツネまだいたんですか。
「そうだ、住むとこの話をしてなかったな。神田の職人町の長屋に住んでもらいたい。話はつけてあるから安心しな」
「俺、神田の長屋に住むんですか」
「妾が先に言ったのじゃ!無視はやめんかや!」
無視じゃないです。いないキツネとして扱ってるだけです。
「近所にゃ俺の屋敷があるからいつでも来ていいぞ」
屋敷あんのかよ。俺もそこに住まわせてプリーズ。
「そこにお邪魔させてもらうわけには?」
「残念ながら大衆としての役割を担ってもらいたい。できる限りの便宜は図らせてもらうゆえ、すまぬが頼む」
大僧正がまた頭を下げてらっしゃる。
見る人が見たらとんでもないことなんじゃないかと心配になるが、まるで無理めなシフトを入れて、申し訳なさそうにしてる店長のようで非常に既視感がある。
まあこの人が言うんじゃ仕方ないかなと思うこの感じ、こういうのが徳の高さと言うんだろうか。
「神田なら稲荷は沢山ある、監視し放題じゃの!」
監視とわざわざ口にする、こういうのが徳の低さなんだと思う。
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