参之弐拾壱 モブ、なんか弟子扱いされた
「なーなーみー、迎えに来たぜよー」
朝から絵師見習いのさよちゃんの声が響く。長屋の玄関は障子一枚なんだからもうちょい声を落としてほしい。なんで全力で呼ぶの。
秋に入って、朝晩しっかり冷えるようになってきたけどうちは大丈夫です。持参の夏用シュラフの中で猫神使はぷーぷーいびきかいてる。かわいい。薄手のダウンだけど暖かいから、猫神使のお気に入りの寝場所になっている。というか俺が寝てると入り込んでくる。かわいい。
「なーなーみー、大僧正んちに行くぞー」
小学生が友達んちに遊びに行くテンションで呼ばないで。そりゃさよちゃんも大僧正も見た目は小学生だけどさ。そう言えば衛人に巻き込まれた寅吉候補の器作りを手伝うんだっけか。はい、起きますよ。あ、お妙さん、おにぎりとお茶、ありがとうございます、朝早くからすいません。おや、猫神使に煮干しも用意してくれたんですね。起きるかな? 起きるまで放っておいてあげてくださいね、猫ですからね。
「さよちゃん、おはよう。準備するものってある?」
「師匠と呼べ! この馬鹿弟子が! 一丁前に準備だと? 百年早いわ、この口縄筋が!」
「それって悪口なの?」
「うちの里じゃ、寝たきりの婆様が起き上がって助走つけて殴ってくるくらいの罵倒ぜよ」
「さよちゃんのお里は医者いらずだね」
くだらんことを言いあってたらいつもの寛永寺の塔頭に着いた。
「大僧正ー! さよと七海が来たぜよー!」
「前から思ってたけど、さよちゃんはクソ度胸がすごいよね」
お江戸の裏の最高権力者を近所の友達みたいに呼ぶのはこの子くらいだろう。
「来たか、いざなぎの傀儡師に七海」
今日も小坊主コスプレしてる大僧正から声がかかる。
「いざなぎの傀儡師よ、頼まれてた霊木が手に入ったぞ」
庭に置かれた、直径50センチ、長さ3メートルほどのただの倒木にしか見えない木を指し示す。
「ふむ、楠ぜな。これは元はどこぞの神木とみた」
「うむ、紀州の霊木がなぜか木場に混じってたそうじゃ。使えそうか?」
「神木の楠ならこの上ない材ぜな、木地師の腕の見せどころぜよ。馬鹿弟子よ、これを作業場へ持っていけ」
「なんで俺が弟子扱いなの? こんな木丸ごと一本を持っていけるわけないでしょう?」
ホモ・サピエンス、非力目モヤシ亜科の俺ですよ?引きずろうとした時点で手の平ズル剥けですよ。考えただけで痛いです。
「使えない寅吉だな、仕方ない、川太郎よ、三尺ほど丸太のまま残して、あとは楔で縦四つに割って運んでほしいぜよ」
なんか所々ネトネトしてると思ったら、河童呼んでたのか。河童はさよちゃんの使い魔だもんな、こういう時に使うんだな。
「御意。割って後、長さはそのままで?」
「残りは六尺と少しぐらいになるぜな? そこから腕やら足やら取るからそのままで大丈夫ぜよ」
「役に立たない寅吉よ、せめて手伝え」
「うるせえ、二度ときゅうりやらねえぞ」
「きゅ……」
ものすごく動揺する河童。なんでそこまでショック受けるんだよ。
「ちなみにもうきゅうりの時期は終わってるよ。」
「おわっ……」
動揺を深める河童。
ハウス栽培なんかはないんだから仕方なかろう。基本、旬のものしかないんだから。
「練馬大根でも持ってってやるよ、そんで俺は何したらいいの?」
「名のある大根か、ならばそれでいい。木を割るから持っていくがいい」
「軍手とか…ないよね」
職人の手をなんだと思ってるのか。とげが刺さったらどうするつもりだ。見ろ、同じ職人のさよちゃんが楽しそうに素手で運んでるじゃないか。手の皮が厚いんだね、山の中で作業することが多かったから、とげやささくれは当たり前だった? さすが隠れ里の住人、ワイルドなんですね俺はヤワなんです。
河童が下処理した木をさよちゃんと運んでいく。持って行くのは作業小屋だ。こんな小屋あったっけ?
「作れと言われたので作ったのじゃよ」
「まあまあの使い勝手の小屋ぜよ」
ホント、くそ度胸あるよね。見ろよ、周りのお坊さんたち、さよちゃんの発言にドン引きしてるよ。なんで偉い人ってわかってるのにそんな言い方するの。わざわざ作ってくれたんだから素直に感謝しとこうよ。
「使えんならば、あるだけ無駄ぜよ」
いや、そうかもしれないけど、なんでちょいちょい頑固職人の顔が出てくるの。
「依頼されたんだから、お互い、出し惜しみはなしぜよ。出すなら全力。感謝は仕事で。七海は違うぜな?」
なんか正論ぽいから反論しにくい。でも少しは権力に媚びてもいいと思うんだ。
お急ぎでない方、毛色の変わった此の物語をまだ読んでも構わぬとお思いの方、向後に期待してやろうという方、よろしければ更に下にスクロールして広告下の白星を「ぽちっと」押してやってくださいませんか。
「ぶっくまーく」などもお気が向きましたらお願いいたします。
評価をいただければ、七海が喜んで通報をものともせずに五体投地でお礼に参ります。




