参之拾弐 モブ、引き続きパシらされる頃、八番は地獄を見ていた
七海がお姉さま方とろくに話もできず、魚屋にこき使われている頃、寅吉八番こと、真行衛人次期鹿島心鏡流宗家はひたすら修行に明け暮れていた。いや、修行を強制されていた。もちろん三人の教導役によって、である。
東国鎮守の祈願寺、また修験の行場としても名高い、高尾山の薬王院に住まい、座学と回峰行と剣の修行に身を捧げる、そんな毎日を過ごしていた。
朝は夜明け前に起き、滝で水垢離をし、印を組み真言を唱え続ける。その後、土御門保名による陰陽道の星詠み、方違え、魂振りについての講義を受け、朝餉として薄い粥をすする。茶を飲むことは禁止されている。庭に出たら、そのまま岩の上で目を閉じ、座禅を組む。
天狗の鳩摩羅が衛人の周囲全方位より殺気を打つ。目を閉じたまま、これにすべて反応し、抜刀にて抜き打たねばならない。これを中天まで続ける。
少しの蒸した芋をかじり、水を口に含むも飲み込むことは許されず、茶碗に戻さねばならない。戻した水の量は日照尼が検分する。もし水が減っていた場合、真言宗における式神と言える、護法童子に芋ごと吐き出させられることになる。
山伏の装束を整えたら、薬王院の先達とともに道なき道を駆け、沢を渡り、崖を登り、呪力と験力を養う。クタクタの体と空きっ腹を抱えて戻れば、鳩摩羅による剣術指南、日照尼指導による護摩行、秘密金剛乗の講義が続けざまに行われる。
いつも苦行に身を置く修験者たちも、衛人を見守りつつ「これやりすぎじゃないのかな…」と心配になるほどの修行量であった。
陰陽道と修験道と密教に同時に入門しつつ、剣の腕を磨きあげ、死を覚悟した者だけがなしうるとされる、千日回峰行と呼ばれる天台宗最大級の行を修めているのと同じなのだ。15歳の体には当然、無理があるのだが、元の世界で鍛えた精神と与えられた加護が修行の放棄を許さなかった。
七海なら初日で死ぬレベルの苦行であり、その身体が特殊な器であっても、魂が死にかねない。
ただ、苦行の中、お山の霊気ゆえか、はたまた加護の支えか、衛人の頭は冴えに冴え、呪力は横溢し、煩悩は極限まで薄められ、剣は遥か高みに磨き上げられていた。
一方、七海は、
「まずはちょいと季節外れだが、うざくだ。持ってってくれ」
「お、美味そうですね」
「馬鹿野郎、お客が先だ!」
「俺もお客だよ!」
「お前は客じゃねえ、七海だ!」
「言い掛かりにも程がある!」
次郎吉さんと掛け合いながら、上座のご隠居さんには丁寧に、平賀のおっさんには叩きつけるように器を置く。春駒姐さんには普通に、お香さんとお姉さま方には捧げ持つように配っていく。あ、ゴンザレスもいた。ゴンザは自分で取って。
「七海、ちょいと扱いに差があり過ぎやしないかい?」
春駒姐さんに怒られた。少しくらい鬱憤晴らしたっていいじゃない。
「春駒姐さんも十五や二十も若ければ扱い変わったでしょうね」
「言うじゃないか、小僧」
「そう怒らないでくださいよ、おっかさん。体に毒ですよ」
「……本当に言うねえ」
「ははは、あの春駒がやり込められてる。平賀さん、御覧なさいよ、やっぱり七海さんは面白いねえ」
「…胃がいてえ」
楽しそうなご隠居さん、喜んでいただいてありがとうございます。お姉さま方もクスクス笑ってらっしゃる。この軽口も同じ長屋ならではだ。…本気で怒ってないよね?
それぞれの前にある、あの弁当美味そうだな。松花堂弁当って言ってたっけな。まだ開いてない弁当があるな、もったいない。ってあれ、俺の席じゃねえか! 俺の席だよね? 猫神使が香箱組んで座ってるけど!
「氏子の寅吉、猫の飯はあるか?」
「あ、はい。あとで煮干しあげますね」
猫神使が喋るとお姉さま方からキャーと黄色い声が上がる。萌えますよね猫神使、わかります。
「七海、ぼさっとすんな! 次は天ぷらだ!」
「はい、ただいま!」
なんで俺、居酒屋の店員みたいなことしてんの?
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