参之拾 モブ、新さん(将軍)と語らう
「まさかそんなお偉い方と知らず、失礼仕りました。将軍様がご覧になりたかったのは、この様な、しがない職人でございます。お目汚しになってはいけないので、ではこれにて」
土下座から席を立っての即離脱を試みる。こんなのに関わってられるか! 俺はこの部屋を出ていくぞ! 強い心でヘコヘコしながら逃亡モードでそそくさと襖の前に移動する。
「まあ待て。悪いようにはしないから、座ってくれ」
「いえいえ、将軍様のお時間を無駄に取らせては、江戸っ子として末代までの恥。お目通りできた誉れは墓まで持っていこうと思います」
「口調、おかしいぞ」
平賀さんは黙ってて! 大僧正だけで偉い人はお腹いっぱいなんだよ! なんで幕府最高権力者がこんなフレンドリーなんだよ! 口調は無理矢理丁寧にしてるんだよ! 正しいのかどうかもよくわかりません!
「ですが上様、この七海も私も大僧正に深く関係しております。あまり長い時間の接触はよろしくないかと」
平賀のおっさんが助け船かどうかもわからない助け船を出してくれる。
「そうか、では手短に。まずは座ってくれ」
ニッコリ笑う暴れん坊。
無視したい、その笑顔。平賀さんは…いいから座れって顔してるな。一つ質問してやろうかな。
「寅吉が将軍様に逆らうことは不敬に当たりますか?」
「いや、俺は将軍ではない。ただの旗本の三男坊の新さんが頼んでるだけだ。それにその将軍様はやる事なす事、爺に反対ばかりされているらしいぞ」
笑顔のまま、そんなことを言う将軍様。いや、そうじゃないんですよ、関わりたくないんですよ。爺とかどうでもいいんですよ。
「ところで七海、お前さん、新さんのことをよく知ってるみたいじゃねえか。新さんとしてのことは誰も知らないはずなんだがな」
「時代劇の暴れん坊、知りません?」
「なんだそりゃ?」
え? まさか知らないの? あの白馬で走るオープニングでおなじみのあのシリーズを?
俺と平賀のおっさんは違う日本から来てるから、あの国民的時代劇は、ひょっとしておっさんの世界にはなかったのかもしれない。
「俺の世界では、吉宗公が旗本の三男坊と身分を偽って世直しする時代劇がありましてね。その番組の設定と新さんは同じなんですよ」
おっさんが目を丸くしてる。新さん、いや、吉宗公はわけわからんって顔してる。
「お前さんとこの時代劇、すげえな」
「水戸のご老公が世直し全国行脚するのもありましたよ」
「それはうちにもあったわ。助さんと格さんのやつな」
「ほう、副将軍も世直しをするのか、なら俺が江戸の平穏を守るのも問題ないな」
「「あるよ」」
寅吉二人のツッコミがハモる。あれ?
「平賀さんは将軍世直し賛成派じゃないの?」
「いや、さすがにダメだろ、幕府的に。俺は好きにしたらいいとは思うんだけどよ」
「好きにすればいい、か。寛永寺組らしい物言いだな」
寛永寺組って何それ?
「寅吉ってのはな、お役目によって寛永寺組と幕府組とに別れてるんだよ。俺や七海みたいな世間や平民が主な相手の寅吉は寛永寺組、お武家さん絡みは幕府組ってな。それでいくと、八番は幕府組だ。まあ便宜上分けてるだけで対立してるとか、そんなんじゃないんだがな。指示系統が神仏か、幕府かってだけで」
なんだよ、俺も寅吉なのに知らないことばっかじゃん。どうりでお侍の偉い人、知らないわけだよ。今まで会ったことのある、一番偉いお侍って初日にお白州で会ったお奉行様だもん。
「その暴れん坊って時代劇、最後はどうなるんだ?」
「さあ? 最終回までは知りません。でもサンバを踊ったら社会現象になって紅白に出たらしいですよ」
「お前さんとこの時代劇、ホントすげえな?!」
俺も話に聞いただけだけど、やっぱサンバっておかしいよね?
お急ぎでない方、毛色の変わった此の物語をまだ読んでも構わぬとお思いの方、向後に期待してやろうという方、よろしければ更に下にスクロールして広告下の白星を「ぽちっと」押してやってくださいませんか。
「ぶっくまーく」などもお気が向きましたらお願いいたします。
評価をいただければ、七海が喜んで通報をものともせずに五体投地でお礼に参ります。




