参之捌 モブ、読売にスクープを提供してしまう
こっちに戻ってから、ちょくちょく平賀のおっさんがうちに来るようになった。なんで?
「まあ大僧正から言われてる監視半分、休憩半分だな」
「じゃお幸さんも連れてきてくださいよ。監視はキツネで十分だよ。なんでおっさんの休憩に付き合わないといけないんすか」
「傷つくからそういうこと言うなよ」
これっぽっちも傷ついてない顔で言う。このおっさんとも気安くなってきたな。一番顔を合わせる寅吉だからね。他の寅吉はまだ見たことないけどね。
でも気安いとは言え、中年に一人でふらりと来られても困る、作業中なのに。手土産のお菓子はありがたく頂戴します。あとで近所にお裾分けしよう。
「こりゃ平賀の旦那、今日もいらしてたんで?」
「おう、新左、お前さんも来たか。なんか面白い話はあるかい?」
隣の読売の新左さんと平賀のおっさんが意気投合してる。そういうの、うちじゃなくて他所でやってほしい。仕事の邪魔しないで。
「氏子の寅吉よ」
猫神使が警戒のイカ耳のまま、声をかけてくる。
「また来ましたか」
おもむろに立ち上がってフルスイングではたく。
土産のお菓子に手を出そうとしてたぬらりひょんが逃げてった。油断も隙もねーな。
「七海、今の……」
おっさんと新左さんが目を丸くしてる。猫神使は慣れた様子で毛づくろいしてらっしゃる。
「お前さんが空を叩いたら急に妙なのが現れて逃げてったんだが……」
「ああ、うち、ちょいちょい出るんですよ、ぬらりひょん。まあ猫神使が気配感じるし、俺には見えてるんで盗み食いはもう許しませんが」
「ちょいちょい出るのか……さすがと言うかなんと言うか」
「なあなあ、七海っち、これ読売に書いていいっスか? 大江戸八百八町にぬらりひょん現る、みたいな感じで」
新左さんがスクープ見つけた記者みたいな顔してる。スクープ見つけた記者で間違いないのか。
「でもぬらりひょんですよ?」
あの盗み食い妖怪にそんなニュースバリューあるんだろうか?
「いやいや、妖怪総大将とも言われる大物っスよ? 百鬼夜行か、はたまた東西妖怪合戦か! みたいな見出しがいいかな? こりゃあ売れるぞー!」
「あれが総大将? とてもじゃねえがそんな風にゃ見えなかったぞ?」
そりゃ頭叩かれて逃げてっただけだからね、大物には見えないよね。総大将ってそれ、勘違いなんですよ。
「平賀さんの感想は正しいです。あれ、妖怪の集まりの上座で盗み食いしてたら総大将に間違われたらしいですよ」
固まる平賀のおっさんと新左さん。事実って意外ですよねー。
「よし、今のくだりはおいらは聞いてない! 今から親方んとこ行ってくるっス!」
真実を隠し、いたずらに社会不安を煽ろうとするその姿勢。マスコミはどこも変わんねーもんだな。
「あ、ぬらりひょんのこと、書くのはいいけど、出たのがうちだって分からないようにお願いしますねー!」
去っていく背中に声を掛ける。向こう向いたまま、腕まくって合点!ってジェスチャーしてたけど大丈夫かな。社会不安より俺のプライバシーが重要である。現在進行形でプライバシー侵害されてるけど。
「お前さんをここに置いといて大丈夫なのか、本気で心配になってきた」
平賀のおっさんがまた頭と胃を押さえてる。一応持ってきたロキソニンいります?
「いや、いい。それはそれとしてだな、お前さんにいっぺん会ってみたいってお武家様がいらしてな」
「俺が庶民の寅吉だからですか?」
「むしろ八番の対だからって感じだな」
またプライバシーの侵害案件? ちょっといい加減にしてくださいよ。
だが、お武家さんが英雄豪傑の八番に興味持つのはまあ自然なことだろう。対の寅吉を見てみたいってのもわからんでもない。お武家さんは俺を見て好奇心を満たし、俺は見世物になった上、作業時間を失う。あれ? 俺、損しかしないんじゃ? 断ろうかな? うん、断ろう。
「ところでこの頃、涼しくなったよな?」
「? はい、朝方はひんやりしますね」
こっちじゃ夏真っ盛りでも割と家の中は過ごしやすかった。江戸時代は地球規模でプチ寒冷期だったと聞くがそのせいだろうか。居職としてはありがたい話である。寒い地方の農家さんは大変だと思います。
「秋になったらお幸と辰巳の芸者衆連れて紅葉狩りに行こうかと思うんだがよ、お前さんもどうかと思ってな」
「仕方ないですね! お武家様の都合を聞いておいてくださいね!」
「察しが良くて助かるよ」
やったあ! お幸さん狙いは無理だとしても、芸者のお姉さま方とお近づきになれるなら何でもしますよ! お武家さんとの時間も無駄じゃないですよ! さすが平賀さん、わかってらっしゃる! 俺が渋ったと見るや、即、交換条件つけてきやがった、食えねえおっさんだな。
「氏子の寅吉よ、ちょろくて心配になるぞ」
「これは高度な交渉ですよ」
「……高度?」
猫神使がなんか言ってるけど気にしません。
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