参之漆 モブ、ぬらりひょんに飯を盗まれる
カツカレーのあまりの旨さに我を忘れて、カップラーメンを買い忘れました、皆様お馴染み、寅吉七番こと、七海です。大本命を逃すとは、まさに痛恨の極み、なんたることか。次の送還の機会までラーメンはお預けとなりました。俺のバカ。
とりあえず長屋へ帰り、傷心を抱えて積みプラモを消化します。昔のロボット物の再販物を好みに改造する、いわゆる旧キット改修です。
旧キットと呼ばれるプラモは、おしなべてプロポーションがよろしくない。デカ頭、ゴリラ腕、寸胴、短足、末端肥大、平行足、と、その時代には仕方なかったであろう、デザイン上の弱点が目白押しである。その上、可動範囲が少ないときた。
これをいかに改修して、今風にアレンジできるか、ここが腕の見せ所である。楽しい。
改修後のキットを想像して恍惚としてたら、
「これ、氏子の寅吉よ」
お留守番を任せてた猫神使の声で現実に引き戻された。
「あ、はい、なんでしょう」
「氏子の寅吉よ、妙な気配を感じる」
振り返ると、後頭部の長いおっさんがうちで俺の飯食ってる。
「え? あんなのいましたっけ? いつの間にうちに?」
なんだこいつ? なんで俺の飯食ってんだ?
「え? 分かるんですか? 小生ぬらりひょんと申します。旦那の見鬼すごいですね、びっくりでございます。あ、加護持ち。なるほどなるほど、流石でございます。相当な神のご加護でございますな。ところで小生、ただ飯喰らいを生業にしてるのでございますよ。ただ飯最高でございます。全国妖怪合議の上座で隠れて食うた飯は至極でございました。お陰で人間に妖怪総大将と間違われたのはいい思い出でございます。ところで近所を歩いておりましたところ、なんとも素晴らしい神威をこちらから感じまして。ええ、そうなるとそんな素晴らしい方の食す飯とはどんなものかと興味がわきますのは自然な話。そうして罷り越した次第で」
喋りながら飯食うのやめろ。俺の箸使うな。おっさんの使った箸なんざ使いたくねえぞおい。何だこの妖怪みたいなの。
「こやつは妖怪ぬらりひょんぞ」
「ええ、そう聞きましたね」
「誰にも見えず、聞こえず、姿を捉えられず、気がつけばあらゆるところに出没するという」
「そうですね、ひょっとして俺が気がつくまで猫神使にも見えてませんでしたか?」
「妙な気配は感じたのだが…」
猫神使がフシャーと威嚇してらっしゃる。イカ耳で全力おこですね。飛びかかる姿勢も準備万端ですね。
当のぬらりひょんは、食い終わって勝手に茶を煎れて、ふー、などと息をついて落ち着いてやがる。なんなのお前。
「期待しましたが普通の飯でございましたな」
普通だよ、普通の庶民の子が用意してくれたご飯だよ、勝手に俺の飯食って何言ってくれてやがんだこのやろう。驚いたのが終わったら怒りのボルテージがふつふつとヒートアップしてきましたよ、この体が維持できなくて砂に帰ったらどうしてくれんだ。
「おい、ぬらりひょん。お前、食った分の飯買ってこい」
「氏子の寅吉!?」
「では消えますのでごきげんよう」
途端に猫神使が妖怪を見失ったようにキョロキョロしだす。それを面白そうにニヤニヤ見てやがるぬらりひょん。ははあ、なにかやったな? なんか姿を見失う術か何か使ったんだろう。逃がすかボケ。
「こら」
無駄に長い後頭部を思いっきりフルスイングではたく。猫神使がビクッと飛び上がってらっしゃる。
「え? なんでなんで?」
「なんでじゃねえ、飯買ってこい。買ってこなけりゃ後頭部にチョークスリーパーかけるぞ」
「何かの間違いでございますね。ではこれにて」
背中を向けたので後頭部を往復ではたく。
「何回も言わせんじゃねえ! 飯買ってこい、つったら買ってこい!」
「え? え? 小生の隠形を破ってる?」
もう一度背を見せたのでまたフルスイングで後頭部を何回もはたく。
「これは用意してくれたお妙さんの分!」
「これはお前に食われた飯の無念の分!」
「これはびっくりさせられた猫神使の分!」
「そしてこれがラーメンを買い忘れた俺の分だ!」
ぬらりひょんが後頭部を押さえてうずくまる。そんな叩きやすい弱点晒してんじゃねえぞオラダッシャラア!! これが俺の怒りのアフガンだ!
「旦那に小生の隠形が通用しないのはわかりました……なんか持ってきます」
普通にうちを出てったぬらりひょんがすぐに戻ってくる。
「握り飯ですがこれでよろしいでしょうか」
「それとお前の使った箸も持ってけ。使えなくしやがって」
「あ、はい、ではこれにて本当に失礼」
猫神使がまたキョロキョロしてるけど見失いました? 俺には普通に見えてるんですけど。加護のせいだろうか、後頭部の長いおっさんが退出してるようにしか見えない。
まあいいや、このおにぎりでも食うか。
「あっ! 俺の握り飯がねえ!」
隣の読売の新左さんちから悲鳴が聞こえた。やべ、あいつ盗んできやがったのか。今のうちに食っとこう。
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