参之伍 モブ、現世に帰る
八番こと、衞人は道場付きのお屋敷もらって、しばらくはお姉様方に稽古つけてもらうそうで、大僧正によると、使い物になるまでは当分過酷な修行が続くらしい。ざまあであり、プギャーでもある。だがお姉さま方に修行をつけてもらえるとは、どう考えてもご褒美である。羨ま妬ま憎らしい。
「七海はどうする? 一旦帰るか?」
「あ、そうか、帰れるんでしたっけ。今日が帰れる日ですか?」
「七海の送還の条件が整うのは明後日じゃの」
「じゃ、いっぺん帰ります。模型道具もキャンプ道具も持ってきたいし」
夜が暗いんだよ、お江戸はさあ。ソーラーLEDランタンが大小セットでうちにあったはず。スマホはだいぶ前にバッテリー切れてるから、秋葉に行くか、アウトドア屋でソーラー充電器を調達しなきゃ。
掻巻布団は重くて寝にくいから、ダウンの寝袋にエアー枕もいるな。
枕と馬鹿にするなかれ、箱枕というやつ使ってるんだけど、これ、名前の通り、木でできた箱の上にクッション乗せてるだけだからめっちゃ寝にくい。座布団畳んで枕にするほうがずっと快適。よくよく考えたらこれ、髷結ってる人が使うためのものじゃん、俺髷じゃないから普通のでいいじゃん。髪型崩れるもなにもないんどから。それに気づいてからはずっと座布団使ってます。だけど、やっぱり使い勝手はいまいち。枕一つでも問題がいろいろあるんですよ。
あと歯ブラシに歯磨きと着替え。主にパンツ。ふんどし難しい。ゆるむ。あたしポロリしちゃう。ちなみに湯屋での盗難第一位はふんどしなんだって。布不足が深刻すぎるだろ。
それに工具、ナイフの替刃に電池式のリューター。リューターってのは手持ちの小さなドリルです。歯医者さんの歯を削るあれ、あれのパワーの弱い版みたいな感じ。回転軸はまっすぐだけど。先っちょはビットといって目的によって変えられるのは歯医者さんと同じだね。コンセント式じゃお江戸で使えないから電池式で。換え電池も買わなきゃ。やっぱ秋葉行くか。
ピンセット始めスパチュラなど道具一式、パテ関係、硬化剤、塗料は…筆塗りしかできないけど一応基本色を。エアー缶のエアブラシ持ってないもんな、サークル部屋行けばあるのかな、まあいいや。
スプレーのウレタンコート、サフとシンナー、塗料皿、ピンバイス、クリップ、あ、固定用のクランプ忘れてた。あと気分転換用に積みプラモもいくつか。
結局、荷物のほとんどは模型関係だな。月一で帰れるならまた持って来ればいいや。
それに帰れるなら、夢にまで見たカツカレー食べたい。サクッと衣を噛んだら、ジュワッと甘い脂が来て、ガッシリと肉が受け止めて、辛めのカレールーがそれらを優しくも厳しくまとめて、その上で米に全てを委ねる。そして辛さに少し疲れた時に飲む、冷たい水の美味いこと。ああ、思い出したらものすごく食べたくなってきた。カツカレーの付け合せはラッキョ派です。
なにせ、こっちの食べ物は脂分が非常に少ない。せっかく近海で捕れたマグロもトロから捨てていく。捨てていくんだよ? トロを。なんでなのか、魚屋の次郎吉さんにキレ気味に聞いたら、
「そこから痛むからだよ。トロなんざ猫も食わねえ」
だそうです。誰か冷蔵呪法とか持ってないの? 氷属性の呪力持ちとか? と、更に詰め寄ったら、寅吉の言うことはわかんねえなって顔された。
試しに猫神使にトロって食べます? って聞いたら怒られた。猫叉で神使の身でも言っていいことと悪いことがある、と。全力の猫またぎだった。そんなにダメなんすか、下魚って言われる鰯の天ぷらはお好きなのに。
「鰯、七度洗えば鯛の味、という」
そっすか。
こっちの人って、おかずが少ない代わりに米をめっちゃ食う。漬物だけでご飯三杯とか平気で食う。米だけで生きてんのかって勢いで食う。正直、白米は飽きたんですよ、日本人としてそんなこと考えるとは夢にも思ってなかった。主食を選べるって幸せだったんだな。
あ、ソース焼きそばもいいな、今の気分なら焼きそばパンだな。アンパンもいい。もちろんサンドイッチも。いくつか買ってくるか。
日本にいるのに日本の食に渇望するなんて思ってもみなかったぜ。異世界で和食を再現する、ラノベの主人公の皆さんには尊敬の念を禁じ得ない。大本命のカップラーメン買ってこなきゃ。
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