弐之弐拾弐 モブ、新作根付を発注されてた
白井屋のご隠居さんとお茶して、ついでに新規の根付を頼まれて早、五日。作業してると早いわ。お妙さんの読み書き教室はまだ受けてません。発注あると、どうしてもそっちを優先させちゃう。でもそろそろ教えてもらわないといけないか。
この五日ほどと言えば、ご隠居さんから新しく渡された材をひたすら彫ってた。詰まった柘植って硬いのな、前のが安物だったとよくわかります。そろそろ手持ちの工具じゃ追いつかなくなってきたな。
さて、待望の新作はヤンバルテナガコガネだ。甲虫はメジャーなモチーフらしく、いるのが琉球?なのも比較的、身近なこともあって好事家の皆さんの心をくすぐる予定、らしい。
前回と同じく、台に浮き彫りのように彫ってある。もっと硬い材料ならちゃんと作れるのかな。
「七海さん、 日本橋のご隠居さんのお使いのゴンザさんがいらっしゃいました」
はい、ありがとうございます、お妙さん。権左さんね。若いのを使いによこすっておっしゃってたっけ。
「どうぞ、狭いところですが……え?」
なんででっかいムキムキの若い黒人がいるの。ご隠居のお使いの方ですよね? Yo Man? What’s up?
「初めまして七海さん。ご隠居の小間使いをやってるゴンザこと、ゴンザレスと言います」
「あ、はい……初めまして、七海です。あの、ご隠居の、使いの方? なんですよね?」
でっかい体を恐縮そうに折りたたむゴンザさん、いやゴンザレスさん。え、ゴンザレスさん? わかんねえ、今までいろいろわかんないことばっかりだけど、ぶっちぎりにわかんねえ。
「あー僕、先祖返りなんですよ。ポルトガルの宣教師の連れてた奴隷が先祖なんですけど、豊臣の時代に珍しいから買いたいってとある大名に買われまして、そこから関が原やらなんやかやでうまいこと逃げたらしくて。ほら、黒人って力強いじゃないですか、結構色んな所で重宝されて、最終的に開墾要員として江戸近くの村に収まったんですって」
いや、わかんねえって。そりゃ黒人もいたよ? 織田信長に仕えた弥助だっけか、そんなんもいたよ? でもゴンザレスじゃねえだろ。それに差別じゃないけど、よく子孫残せるまで馴染んだね、ご先祖様。結局、所帯持ったってことでしょ?
「ゴンザレスは姓なんですけど、ゴンザゴンザって呼ばれてたら、先祖ももう俺ゴンザでいいかなってなったんでしょうね。そっから代々長男はゴンザレスって名前を継いでるんですよ」
俺、今人生で一番多くゴンザって言葉聞いてるよ。多分この先もこんなに聞くことないよ。
「たまに僕みたいな、黒くてでかくてムキムキなのが生まれるんです。お百姓や駕籠舁きなんかより全然動いてないんですけどね、勝手に筋肉がつくんですよ。豆腐とか湯葉が好きで精進料理みたいのばっかり食べてるのに」
陽気だな、ゴンザ、めっちゃムキムキなのは遺伝子のおかげだね、ゴンザ、それとちんちん長そうだな、ゴンザ。
とりあえずお使いの用件の根付を出してくる。
「今回もご隠居のお気に召したらいいんですが……」
「あ、面白い。こんなコガネムシが仙境にいたんですか?」
「多分こっちの琉球にもいると思いますよ」
「へー琉球に。まあそうそう行けない場所ですけど」
「ゴンザさんも目利きされるので?」
「勉強中ですね。ご隠居の近くにいると、一流のものをたくさん見られるんですけど、まだまだ目養いが足らないと注意されてばっかりですよ」
陽気に目尻を下げながら笑うゴンザ。可愛がられてんな、こいつ。
「ありがとうございました、値段は改めてまたお伝えする、とご隠居が」
「はい、お待ちしてますね」
「あ、それとご隠居がまた遊びにおいでなさい、と」
「ありがとうございます。なら早速ですがご相談がありまして」
細工用の道具の相談に乗って欲しい旨を伝える。デザインナイフの限界が見え始めたから、専用の道具も揃えたい。それにいろいろな根付を見せてほしい、とも。一旦持ち帰って都合のいい日を教えてくれるそうだ。何回もすいません。
「それではまた改めてお邪魔します」
「お疲れ様です、お茶も出さずにすいません」
陽気なゴンザが陽気に帰っていく。
「あら?お茶を入れてきたんですけど、権左さんは?」
「お帰りになりました。お妙さんはゴンザさんをご存知なんですか?」
「はい、なにせ目立ちますからね。白井屋のご隠居さんのお世話してるのはみんな知ってますよ」
そうだった、江戸の人は好奇心多めの人たちばっかりだった。懐も深いんだな、そりゃ懐が深くなけりゃ、寅吉なんて受け入れられないか。
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