弐之弐拾壱 モブ、根付の卸先を決められてた
「と、いうわけで七海さん、今後何か作ったらあたしに卸しておくれ」
「え、近江屋さんに卸さなくていいんですか?」
思わずお姉様を見る。お姉様の紹介で根付作ったのに顔を潰さないんだろうか。
それにしても、ほんと綺麗だなー、この人。姿だけじゃなく、仕草から立ち姿からなにから洗練されてる。
平賀のおっさんにベタ惚れなのが、玉に瑕だけど。思い出したら腹立ってきた、リア充許すまじ。
「なに、あそこや実家より、ご隠居さんの扱いのほうが極上吉ですよ。伊達に日本橋の表通りに大店構えてらっしゃいませんよ」
「お幸も言うようになった。近江屋の青瓢箪にくれてやるには惜しい女っぷりだ」
「私はもう旦那様のものですよ、親がどう言おうと構うもんですか」
んもう、隙あらば惚気る。あんなおっさんの何がいいんだろ。悔しい。ハンカチ噛んじゃう。肩の猫神使がぽむ、と肉球を頭にくださる。俺の背中、煤けてますか?
「でも義理は通さないといけないんじゃ?」
歩いてたご隠居さんとお姉様が足を止めてこっちを見る。
「ほう、この寅吉さんは若い職人なのに義理も配慮されるのか」
いや、そりゃ考えますよ。これから先、どなたにも睨まれたくはないですよ。
できれば安心して造形だけし続けてたいですよ、なんかお金は幕府から出るみたいだし。
あれ?これ、ひょっとして理想の模型ニート、いやスローライフ?
「さっき一分払ったんで義理はあそこでおしまいですよ、安心なさい」
「そうですよ、あのままじゃ安い値を付けられて、七海さんの儲けは材料代で消えた、なんてことになったでしょうから」
ご隠居さんがさっき材料代は誤差みたいなもんだ、とか言ってたよね。俺の作品、誤差みたいな値段つけられるとこだったの? なるべく高く売りつけたい、とまでは思わないけど、作品なりの値段は付けてほしい。やっぱりあの店はやだな。
「ご隠居さんが適切と思われる値段をつけてくれたんですよね、本当にありがとうございます」
「大した腰の低さですね、本当に寅吉さんかい?」
笑いながらそうおっしゃる。他の寅吉って横柄な人が多いんだろうか。平賀のおっさん以外まだ見たことないな。医者の寅吉がいるんだっけか? お妙さんのお父さんがかかってるって言ってたか。
「七海さんは遠傘長屋に住まわれる寅吉でらっしゃるから」
「なに?」
ご隠居さんがまじまじと俺を見てらっしゃる。なんなの?
「そうか、あの長屋か」
いや、大僧正に言われて住んでるけど、あそこがどうしたの? キョトンとする俺に、
「なんでもないですよ、聞かされてないならそういうことなんでしょう」
口を濁して有耶無耶にされてるうちに大きな店の前に着いた。
「ここが息子に譲った店ですよ」
2階建ての大通りの交差点に面した店。軽く引くレベルで大きな店だった。中に入ると広さ、働く人の多さ、扱ってる品物の多彩さ、悪いけど近江屋さんの比じゃなかった。
その店から少し離れた豪邸の庭の中にこぢんまりした平屋があった。
「茶など進ぜましょう」
やたら狭い潜戸からご隠居さんがにじり入っていく。これ茶室ってやつじゃね? 俺、何も茶道の作法知りませんよ? 恥は自分からは掻きたくない所存。
「なに、作法も何も気にせずとも大丈夫ですよ。茶の心得のある寅吉さんもいるでしょうが、こちらは最初から期待してません」
「正直なところ、そうしていただけると助かります。庶民ですので」
「あたしも一応、身分は平民ですよ」
え、平民なんだ、そりゃそうか。武士か公家か僧侶か神官か農民か平民ぐらいしか身分なかったっけ?関西のほうじゃその下があるみたいだけど、東京じゃ聞いたことなかったし。
「越前だか、何百両も決裁できる松前船の番頭が身分は水呑百姓だってことがありますよ」
何百両でも決裁できる水呑百姓。もうわけわかんねえな。
結局ご隠居さんとお茶して食事して談笑しただけだった。こんなんでいいのかな、俺の職人ライフ。
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